名の通り、三男に生まれた。
跡目として期待される長男とは比べ物にならず。長男に万が一があったときの予備、そして長男の補佐として見込まれている次男とも比べ物にならず。
鉢屋の家にとってこれといった役割もない、薄っぺらい立場の三男坊として生まれた俺は、物心ついたときから親族に目をかけられることなく育った。
虐待をされていたわけではない。一般教養や、簡単な忍術については上の兄たちと共に学んだし、理不尽な暴力だって一度も受けたことはないと記憶している。
しかし如何せん、愛情がなかった。父は己の跡を継ぐ長男を目にかけていた。母は次男を一等に可愛がっていた。二人の子へ向ける愛情は、それぞれそこで完結していたのだろう。
俺だって人の子であるし、生まれ落ちたときからこのひん曲がった性格だったわけではない。
その扱いを、その境遇を、寂しいと嘆いたこともあれば涙を零したこともある。両親に目をかけてもらおうと、躍起になったことだってある。
だけど泣こうが、勉学に励もうが、反抗して悪事を働こうが、何をしようが。両親は、俺に関心を向けることはなかった。

一度。たった、一度だ。生涯のうち、俺が両親に気にかけてもらったのは、七つの頃の、たった一度だけ。
その日、兄二人も寝静まった夜中。俺はなんとなく眠れず、ひたひたと屋敷の中を歩いていた。
そこで、両親がふたりで酒盛りをしている場に遭遇したのだ。相当酒が入っていたようなので、両親が覗き見る俺に気付いていたか、それは今でも定かではない。

「顔立ちは三郎が一番私に似ているな。変装に適した顔だ。あれがまともに努力をすれば、いずれ私を抜くかもしれん」

その一言。たった、一言だ。生涯のうち、俺が両親に気にかけてもらったのは、そのたった一言だけ。
そんな、酒の場での冗談だったかもしれない一言を、俺はその日から胸に留めて、指針にして、日々を励むようになった。
父に似ている顔。三兄弟のなかで、俺が一番父に似ている、この顔。父が手塩にかけて育てている長兄も、母が滅法可愛がっている次兄も持っていない、俺だけの顔。
父が唯一、褒めてくれたその顔を、俺は活かすようになった。変装術を、磨くようになった。
勿論、それに両親が、何か言うことも。ましてや褒め言葉や、励ましの言葉をかけることなど、一度としてなかったけれど。

そのように変装術に精を出し始めてから、三年。十を数える春、俺は両親から忍術学園という場への入学を言い渡された。
名のとおり、忍術を学ぶ学校である。しかし長兄も次兄も、学校には行かず両親から直々に本格的な忍術を学んでいる。
まあ、つまり、これは。厄介払い、というやつだろう。その頃には俺も性根がひん曲がりつつあったので、表面上は大人しく従いつつも、内心は愚痴だらけだ。

俺は一体、何をしたというのだろう。なぜこんなにも、両親は俺を、愛さないのか。
いっそのこと、憎み、恨み、虐待でもしてくれたなら、俺だって諦めがつくのだが。
愛さないだけなのだ。両親は、俺を愛さない。ただそれだけ。
生きていくために必要な衣食住、一般教養や忍術の勉強。なんならば、小遣いだって与えてくれる。
ただ、愛情を与えてくれない。愛情だけを、与えてはくれない。それは一体、なぜなのか。
何十、何百、下手すれば何千回目にもなる、疑問。両親に直接尋ねなければ、その答えを得られることはないだろう。けれど。
――――――俺が、"三男"だからなのだろうな、と。いつからか、確信にも似た、自分の中でのその疑問に対する答えは決まっていた。
長男だったら否が応でも必要とされた。長男にはその立場上多少なりとも厳しくしなければいけないが、続く次男ならば手放しで可愛がることができた。
そこで既に、その二人で既に、俺の両親にとっての"子"とは、足りていたのだ。
無責任なものだと思う。それならば、三人目など、俺など、つくらなければよかったのだ。
ああ、それとも二人男が続いたから、三人目には女を期待していたのかもしれない。そのような話を、両親からも、誰からも聞いたことはないが。
けれど少なくとも、俺が第三子で、三男であったから――――その時点で、俺は両親から、憎まれずとも愛されることもない存在となった。
これが、きっと正しいのだろう。なんとも気の抜ける答えである。俺自身がどうしようもないものなのだから、本当にどうしようもない。


そして迎えた、忍術学園への入学日。学園に一歩足を踏み入れた瞬間から、俺は適当な面で顔をかくしていた。
俺の父親は、忍者界ではそれなりに名の知れた変装名人。その人の息子で、しかも一番顔の似ている三男が、堂々と顔を晒すわけにはいかないと思ったからだ。
もっとも、七つの頃から俺は自分の家でも、村のなかでも、常に変装術を施すようになっていたのだが。勿論、両親はそれについて何も触れちゃいない。
入学してしばらくは、日替わりで適当な面をつけていた。ひょっとこ、おかめ、おたふく、翁、般若、天狗に狐など。
おかげで入学して半月も経たないうちに、俺は有名人となってしまった。面以外にも、教職員長屋に忍び込んだりなんだりと、悪戯をしていたせいもあるだろうが。
適当な面をかぶるだけできちんと変装術を行っていなかったのは、俺も当時まだ未熟であったので、しっかり変装の見本となる人物がいなければ自信のある出来にならなかったからだ。
実家にいたころは、兄達だとか、村の人間だとかを勝手に真似ていたが。
せっかく忍術学園とやらに入学したのだ。そこで出会った誰かを真似てみようと、俺は吟味の意味も兼ねて、面だけをかぶる学園生活を続けていた。

「ねえ、君はいつまで面をかぶっているんだい?」

忍術学園に入学し、一月経とうとした頃。入学してから初めての、ざあざあ雨が降る悪天候の放課後。大人しく自室にて本を読んでいたところ、そのように声をかけられた。
声をかけてきたのは、俺の同室である不破雷蔵だ。同室といえど、俺は放課後は学園中を探索してばかりで部屋にいることは少なかったので、あまり会話をしたことはなかった。
少ない関わりの中で知る、奴の人物像は。優柔不断であり、そして温和な性格。顔は、そうだな。変装のしやすさについては、可もなく不可もない、といったところか。
顔のそれぞれの部品はいたって普通なのだが、いかんせん面長気味であるのが難点だ。顔の輪郭というのは、変装ではなかなか誤魔化しにくいのだ。

「そうだな、卒業までだろうな」
「ええ、大変だね。卒業まであの面たちを使いまわすの?」
「こういった面は……今だけさ。そろそろ、誰かに化けようと思っているよ」
「あっ!やっぱり君、変装術が得意なんだね?先生方が仰っていたけど、なかなか変装しないから、」

"僕の聞き間違えかと思ったよ。でも確かに聞いた気がするから、しばらく悩んでしまった"と、なかなかに失礼なことを笑顔で言ってくれる。何が聞き間違えか。
自慢ではないが、"鉢屋"と聞けばその筋の人間がすぐに気付くほどに、変装術に長けた忍の家だ。
だというのに疑うとは、もしかしてこいつは根からの忍の人間ではないのかもしれない。
確かにのほほんとお気楽な雰囲気を放っているし、この擦れていない人の良さそうな見てくれは…………少なくとも、俺のような家庭で育ってはいないだろう。

「ひとつ変装の面や鬘を作るだけでも大変なんだよ。せっかく変装するなら、ちゃんと相手を選びたくてね」
「候補は誰かいるの?」
「そうだな、同級の竹谷八左ヱ門や、隣のい組の尾浜勘右衛門。あれの鬘は、作りがいがありそうだ」
「尾浜って子は知らないけど、八左ヱ門かあ。確かに、変わった髪をしてるよね」
「い組の久々知兵助は、目鼻立ちが整っているから作りやすそうだ。簡単すぎて、逆につまらないかもしれないな」
「うん、分かるよ。悩むよね。わかるわかる……。あっ、ねえ、僕はどう?」

ずい、とさらに俺に向かって身を乗り出す不破雷蔵。その顔は、目は、真っ直ぐに爛々と輝いていた。
学園に入学してから、このように好奇の目を向けられることは、少なくない。
むしろいつだって、ひそひそと"なんだあの面の一年は"と、常に視線を受けてきた。
だけど、こうも間近で。こうも、好意をあからさまにして。期待と羨望に満ちた目を向けられることは、初めてだった。
それは入学してから、の話ではなく。おそらく、生まれて初めて。
だって両親ですら、このような瞳。俺に向けてくれることは、一度としてなかった。

「…………なんだ。やけに話しかけてくるじゃないか」
「だって君、放課後はいつもいないだろう」
「早く学園の地理を把握したくてね。散策しているのさ」
「よく言うよ。いつも悪戯しかけて、騒ぎ起こしてるくせに」
「ははは、知られていたか」
「そりゃあ、知っているさ。同室なのに、そうやって僕は君のことを噂でしか知らないんだ。なんだかもったいないよね、せっかくの同室なのに」
「………………」
「だから君と話す機会が訪れたら、たくさん話がしたいって、ずっと思っていたんだ」

"鉢屋の家は変わり者ばかり"、"鉢屋の人間は人を化かす"と、村の人間には家ごとあまり歓迎されなかった。
では、血の繋がった家族はというと。父も母も、俺が十話しかけて、一答えてくれたなら万々歳だ。
兄二人は、まだ相手をしてくれたが。それでもけして、俺のことを"可愛い弟"などと思っていないのは、明白だった。
そんなありさまだから。生まれてこの方、俺に友人などいなかったよ。親しい人間など、いなかったよ。
血の繋がった家族はいたけれど、その人達との関わり方は、けして"家族"と呼べるものではなかったと、俺は思っている。
そうだ。だから、わからなかった。人との正しい、親しい関わり方など、俺は学べなかった。
だからきっと、無意識に逃げていた。同級生達がたむろする教室から、一年生長屋から、そこに居る方法が分からなくて、どうやって居るべきか、分からなくて。
どうせまた、歓迎されないのだろうと。応えてもらえないのだろうと。わずらわしく、思われるのだろうと。
それなのに、今も俺を爛々とした目で見つめ続けるこの男は、俺を待っていたと言う。胸のうちから込み上げてくるこれを、どうしてくれよう。

「…………俺の名は、鉢屋三郎という」
「えっ。急にどうしたの、知ってるよそんなこと」
「いや、きちんと自己紹介をしたことがないと思ってな」
「ってことは、君は僕の名前を知らない?」
「いや、知っているよ。不破雷蔵」
「当たりだ。すごいね、君と違って僕は目立たないのに」
「忍の本分を考えれば、目立てばいいというものではないさ。…………そうだ、不破雷蔵。きみにしよう」
「ん?なにが?」
「最初に、きみに変装してみよう。いいだろうか?」
「えっ!いいの!?もちろんだよ、楽しみだな!ああ、でも少し緊張するなあ……」

人に好意を向けられたのが初めてだった。
人に好意を向けたのが初めてだった。
そのどちらもが、不破雷蔵という、俺の同級の優しい男だった。
初めてだった。本当に初めてだったのだ。雷蔵が、初めてだったのだ。

"三郎お前、雷蔵だけ贔屓しすぎだろ"、"お前と雷蔵を同等に扱えと?頭が高いぞ、八左ヱ門"。
"お前なんで俺の団子勝手に食うの?雷蔵には絶対そんなことしないよね?"、"雷蔵のものに手を出すなんておこがましいことできないよ、勘右衛門"。
"変装術の極意は誰にも教えないと言っていたくせに、この前雷蔵に教えてなかったか?"、"俺の誰にもに、雷蔵は入らないんだよ、兵助"。
だから、後々他にも心を許せる友人を作ることができても、俺にとっての一番の友は雷蔵だった。
だって雷蔵が、俺にとってはじめての友だったから。一番の友が雷蔵であることは、特別であることは、当然だと思っていたのだ。
そこまでなら、まだよかったのかもしれない。友人たちも、呆れつつも、時に本気で苛立つこともあったようだが、それでも最後には笑って許容してくれたから。

「全部だよ、三郎」

けれど、後に心から好いた女と、雷蔵を同じ土俵に並べ――――そしていつだって、雷蔵を選んだことについては、間違っていた。
そもそも、恋人と友人を、比べることが間違っていたのだろうが。当時の俺は、それに気付けなかった。
恋情であれ、友情であれ。それが"好意"と大きく一括りにできるものであるのなら。
順番を決めなくてはいけないのだと思っていた。一番を決めなくてはいけないのだと思っていた。
父にとっての一番は、長兄だったから。母にとっての一番は、次兄だったから。
だから俺にとっての一番も決めなくてはいけないと思っていた。誰も、そうしなくていいのだとは、教えてくれなかったから。

「全部いやだったんだよ、三郎」

そしてきっと、俺はずっと誰かの一番になりたかった。
そう泣いた彼女は、俺を一番に想ってくれたのに。俺は、彼女を一番にできなかった。
雷蔵を一番にすることで、いつだってあの日、生まれて初めて好意を向けられたその感嘆を思い出して、ひたって、報われない日の自分を慰めていた。
そんな俺の感傷に、いつだって胸を痛めている人がいるとも知らないで、いつだって俺は自分のために、雷蔵を一番に想っていた。