要領が良いようで悪い奴だな、というのが次の印象だった。
二年生に進級し、俺は再び火薬委員になった。火薬委員会での仕事は、とてもやりがいがあり勉強にもなったからだ。
二年生になり初めての委員会活動。その顔合わせには、三好凪がいた。またくのいち教室のくじ引きで、三好凪の組から火薬委員が選出されることになったのだろう。
俺と三好凪は一年間同じ委員会に所属していたわけだが、あまり交流はなかった。
俺はそもそもあまり進んで人付き合いをする性質ではない。一年生の終わり頃に他の組の同級生との交流を、勘右衛門を通じてようやく始めたほどである。
物心ついたときには、こんな性格だった。かと言って、別に人が嫌いだとか、友人なんかいらないだとか、ずっと一人で生きていくだとか、そんなこと殊勝なことを思っているわけではない。
だけど人が大好きだとか、友人がたくさんほしいだとか、そういったことを思っているわけでもない。仲良くできる奴とだけ、仲良くできたらいいなと思っている。
勘右衛門曰く俺は人見知りな面があり、そしてこれは多少自覚はしているが俺は、おそらくだいぶ人付き合いが下手だ。
だからなかなか仲良くできる奴とはめぐり合えないのだが、幸いにも同室の勘右衛門とは仲良くなれた。隣のろ組の三人組とも、仲良くなれそうな気がするので、ひとまずそれでいいと思っている。
つまり、俺はそういった性格なので、三好凪と積極的に交流は持たなかった。三好凪も三好凪で、あまり社交的な性格ではないのか、俺に積極的に歩み寄ってくることはなかった。
だけど俺は三好凪に、興味がなかったわけでは、ないと思う。
見る限り、委員会活動は真面目にやっていた。真面目な奴は好ましいと思う。だから少なくとも三好凪に悪印象はなかった。
俺達は一切会話をしないわけでもない。事務的な会話を交わすなかでも、三好凪の受け答えは利発的で芯が通っていて、話していて気持ちがよかった。
だから俺は、おそらく、三好凪ともう少し交流を持ちたかったのだと思うが、三好凪は委員会が終わるとすぐさま小走りでくのいち教室に帰ってしまうので、親交の深めようがなかったのだ。
委員会活動以外でも、三好凪を見かけることがあるが、その時は当然見知らぬくのたま達と一緒。くのたまの輪に、ひとり入っていく勇気は、さすがにない。
それにそこまでして三好凪と交流しようという意欲も、なかった。
委員会活動のときに、もう少し話ができたらと思うだけで。それができないのなら、まあ、それでいいかと、諦めるだけで。
俺の三好凪への思いなど、その程度のものだったのだ。その程度だと、思っていたのだが。
二年生に進級し、火薬委員会での活動も二年目になったある日のことだ。
何度も言うが、二年目なのだ。多少、仕事の効率化、というものをいやでも覚え始める時期だった。
俺は要領が悪くはないと自負しているし、三好凪もそれは同じだった。俺と三好凪は、去年に比べてずっと、任された仕事を早く終えられるようになっていた。
充てられた仕事が早く終われば、その分委員会活動も早く終わる。早く仕事が終わったとき、三好凪がくのいち教室へ帰る足取りは、普段より軽い気がした。
そんな時だ。俺と三好凪の仕事ぶりを認めてくれたのか、先輩方は、俺たちに新入生の世話役を任せた。まあそれは、妥当だと思う。
しかし、俺の方はその仕事にまるで問題なかったのだが。三好凪が担当した方の新入生が、曲者だった。言ってしまえばものすごく、仕事ができなかった。
その新入生に悪気はないのだと思う。本人は真面目にやっているのだと思う。だけど如何せん、それが行動に伴っていなかった。
それに三好凪は、呆れることなく、怒ることもなく、根気強く付き合って、結果長い時間委員会活動に居残った。
ある日のことだった。俺は自分の仕事も、新入生の世話も終え、勘右衛門と共に運動場に向かおうとした際、火薬倉庫の近くを通った時のことだ。
三好凪は、まだそこにいた。自分の仕事はとっくに終わっていた。俺が委員会から帰るとき、三好凪は新入生の世話をしていて、それから二刻ほど経った今でも、まだその仕事をしていた。
俺が通りがかったとき、丁度新入生の仕事が終わったようで、何度も何度も頭を下げるそいつに、三好は笑っていた。
だけど、そいつが火薬倉庫から立ち去った途端、困ったような、泣きそうな表情になり、駆け足でくのいち教室へ戻っていく。
新入生に見せていた笑顔から、その辛そうな表情の落差に、まず驚いた。
それから、何があったんだろうと思った。くのいち教室に、何かあるんだろうか。何か約束でもあったんだろうか。
それに遅れてしまったから、遅れそうだから、あんなに慌ててくのいち教室へ戻ったのだろうか。三好凪の行動の数々から、俺がそう考えたことは、けして間違ってはいないと思う。
そして、そこまで考えて、俺は再び思ったのだ。約束があるのなら、それに合わせて行動すればいいのに、と。
仕事を放り出せといっているのではない。三好凪は、真面目すぎるのだ。
新入生に仕事を教える口ぶりは、とても丁寧なものだった。三好凪が新入生の仕事を奪って、自ら仕事を片付けてしまうわけでもない。
後ろから見守って、間違っていたらその都度訂正する。新入生に充てられた分の仕事が全て終わるまで、その繰り返し。
そんなやり方だったら、言ってしまえばあまり出来のよくないその新入生相手では、時間がかかってしまうのは、分かりきっているだろうに。
もう少し説明を簡潔にするだとか、仕事を三好凪も手伝って分担するとか。時間を縮める方法は、いくらだってあるのに。
それをしないで、笑って優しく新入生に付き合って、そして泣きそうな顔でくのいち教室へ帰っていく。
矛盾している。自分の仕事は、さっさと要領よく片付けてしまうのに、それでは台無しだ。意味がない。むしろ損だ。
だから俺は、三好凪のことを、要領が良いようで悪い奴だな、と思ったのだ。
その日の夜も、次の日も、数日ずっと、俺は三好凪のあの辛そうな顔が頭から離れなかった。
新入生の世話をするようになってから、いつもあのように、辛そうに、急いでくのいち教室に帰っていたのだろうか。
一年生の頃から、三好凪はいつだって委員会が終わればさっさとくのいち教室に帰っていた。放課後、常に彼女は、何か予定があるのかもしれない。
その予定が何なのかは、全く知らないが。友達と遊びの予定、だとか。そんな類のものではないだろう。きっと大事なものだから、あんな顔をした。
翌日に委員会を控えた日の放課後。部屋で読書をしていても、自分でも分かる程度には上の空だ。本の内容が、まったく頭に入ってこない。
これでは埒が明かないので、俺は勘右衛門に相談することにした。その頃には、何かあれば大抵のことは勘右衛門に相談するほどの仲になっていた。
"大して仲の良くない相手が、困っているかもしれない場合、俺はどうすればいいんだろうか"。
自分で言っていて、よく分からない質問だと思った。勘右衛門も、一瞬固まっていた。だけどすぐに反応を返してくれるのは、さすがの勘右衛門と言ったところだろう。
"普段の兵助なら、どうでもいい奴が困っていても放っておくんじゃない?"、と。確かにその通りだ。俺はけして社交的ではないし、特別親切でもない。
そうか。そうなると俺は、三好凪を放っておくのが正しいのか。今のまま、今までのまま、何も知らないことにして。だけど、なんだかそれは、違う気がした。
しかしその気持ちを、自分の感情を、上手く言葉にできず俺は口ごもる。俺は人付き合いが下手であれば、多少口下手でもあったのだ。そんな俺を見かねたのか、口を開いたのは勘右衛門だ。
"まあ、わざわざそういうことを聞くってことは、兵助はその相手を助けたいって思ってるんじゃない?それなら助けてあげれば?"と、少し意地悪く笑う。
助けたい。俺が。三好凪を。そうなんだろうか。分からない。でも、勘右衛門がそう言うのなら、そうなのかもしれない。だけど。
内心色々考えつつも、俺が口に出せたのは"仲が良いわけでもないのに、迷惑じゃないだろうか"という、それだけ。
"それはさすがに知らないよ"と、勘右衛門は口を尖らせた。だけどすぐに"兵助もそういうことを気にするようになったんだね"と、ものすごく楽しそうに、笑った。
それから翌日の火薬委員会で、言ってしまえば俺は三好凪を助けた。
助けた、というよりも。まず、あの辛そうな顔の理由を聞いた。在庫点検の作業は、俺と三好凪に充てられたので、二人きりのときを見計らった。
仕事の話以外を初めて俺から振られた三好凪は、ものすごく驚いていた。だけど、すぐに普段の落ち着いた表情に戻って、"関係ないでしょ"と、跳ね除ける。
"関係は、ないさ。だけどあの顔を見てしまったんだから、仕方ないだろ。俺にできることがあるなら、してやりたいと思ったのに"。
三好凪のその反応に俺は少なからず動揺していたので、歯切れが悪い物言いになったと思う。
だけど三好凪は、それに触れることなく、笑うこともなく、ただただまた、驚いていた。
そして、三好凪は笑ったのだ。"ありがとう"と、少し困ったように。だけど確かに、俺に向かって、笑ったのだ。
三好凪の笑顔を、初めて見た気がした。三好凪だって、人間だ。俺の知らないところで、俺以外の誰かに向けて、笑ってはいたのだろう。
だけど、三好凪は俺に向けて、初めて笑いかけたのだ。
普段はその性格に似合った、落ち着いた表情。後輩に見せる小さな微笑。あとは、一年生時の挨拶の際に見せた不安そうな顔、先日の辛そうな顔。
それしか俺は知らなかったのに、いきなりそんなものを間近で見せられて、正直なところ刺激が強すぎたのかしばらく俺は放心していた。
確かに、ぼーっとしながら、三好凪を、三好凪の笑顔を、眺めていたのに。彼女が語った内容が、全てきちんと頭に入っているのだから、人間とは不思議だ。
三好凪が語ったものは、こうだ。
放課後はほとんど、街でアルバイトをしているそうだ。一年生の時から、ずっと。学費と実家への仕送りを稼ぐため。
そうなのか。そうだったのか。そうなのか。俺は馬鹿のひとつ覚えみたいに、そうやって胸のうちで相槌をしていた。
相変わらず呆けてしまっている頭を気合で動かす。学費と実家への仕送りって、相当大事なものなんじゃないだろうか。
そのためのアルバイトに遅れそうになったら、そりゃあ、あんな顔にもなって、走ってくのいち教室へ戻るだろう。
"じゃあ、後輩の面倒はほどほどにすればいいのに"思わずそう言ってしまったら、"一生懸命やっているのがわかるから、つい"と、三好凪はさらに困ったように、だけど優しく笑った。
その笑顔は、ずるかった。その笑顔は、本当に、ずるいと思った。なんだか俺がまるで、極悪人のように思えた。多分、俺は何も悪くないのに。
謎の自責感に襲われ、気が付けば俺は三好凪とひとつの約束を交わしていた。
"三好のアルバイトの時間が迫ったら、そこからは俺が後輩の面倒を見るよ"、と。
その言葉に、三好凪はまた驚いて、だけどまた、笑った。"ありがとう、久々知くん"と、その日初めて俺の名前を呼んだ。
それは何だかとても嬉しくて、だけど、その呼び方だけは、嬉しくなくて。
今までの数少ない、三好凪から名前を呼ばれる機会も、"久々知くん"ではあったけど、今はとても、嬉しくなかったので。
"くんはいらないよ"、と提案した。それにやっぱり三好凪は驚いて、それから少し間を置いて、わずかに照れながら"じゃあ、久々知"と、俺の名を呼んだ。
その日の夜は、あまり眠れなかった。
約束どおり、三好凪はアルバイトの時間が迫ったら帰った。約束したはずなのに、少し渋った三好を、無理やり帰した。
そこからは俺が居残って新入生の面倒を見たけれど、それが思った以上に骨が折れて、身体はともかく精神的に疲れていたはずなのに。
その日の夜はあまり眠れなかった。三好凪の笑顔が、俺の眠りを、優しく邪魔していた。