生きるのが下手な奴だな、というのが最初の印象だった。

俺と三好凪が初めて出会ったのは、一年生の時。火薬委員会での顔合わせだった。
初めての委員会。いるのは先輩ばかり。おそらく当時からあまり顔には出ていなかっただろうが十分に緊張していた俺の隣に、彼女はいた。
忍たま、くのたまとはいえ同じ新入生同士。先輩方に一緒くたにされ、並ばされていたのだ。
俺はまず彼女を、三好凪の姿を見て、"くのたまも委員会をやるのか"と思った。その時の俺は、くのたまの委員会の仕組みについて全く知らなかったのだ。
むしろくのたまについて知っていることなどほとんどなくて、例に漏れずくのいち教室ご招待で酷い目に遭った覚えしかない俺は、隣の彼女に防衛本能とも呼べる苦手意識すら持っていたのだ。
委員会への緊張だけでなく、隣にあの恐ろしいくのたまがいることにも緊張していると、ようやく委員会が始まった。
"ひとまず挨拶をしようか"と、当時の委員長が言ったのだ。学年順に挨拶していくことになり、それは恙無く行われ、すぐに一年生の番になる。
俺は自分とくのたま、どちらが先に挨拶すべきか分からなくて口を噤んでいた。それは隣のくのたまも同じようだった。
先輩方は同学年ならばいろは順で挨拶していたものの、俺とくのたまはいろはで括れるものではないからだ。
俺とくのたまは、視線すら合わせることなく、けれど口を閉ざすということだけ示し合わせたかのように続けていた。
"じゃあ、忍たまの君の方から"と、少し困ったように笑いながら委員長に促され、俺はようやく自己紹介に至ったのだ。
無難な自己紹介を終えると、次はくのたまだ。俺はそれによって、ようやく恐怖から若干背を向け気味だった彼女に、視線を合わせる。
とても緊張した面持ちだった。顔立ち自体は、綺麗だと、素直に思った。だけどひどく強張っている。勿体無い。そんなに緊張するか。

「くのいち教室一年ろ組、三好凪です。あの、ごめんなさい。一年生ですが、頑張ります。えっと、だけど、くのいち志望なので、危険な仕事も平気です」

その挨拶を聞いて最初に思ったのは、間に挟まれた謝罪についての疑問だ。何を謝っているんだろう、このくのたまは、と。俺は純粋に、疑問に思った。
それは先輩方も同じだったようで、疑問を隠さない表情で、三好凪、彼女を見つめる。居心地が悪そうに、彼女は視線を右往左往させた。
いつの間にか俺も彼女を凝視していたようで、俺と目が合った瞬間、三好凪は肩を竦めて逃げるように俯いてしまう。

「あの……先輩方、くのたまの委員が、一年生でがっかりされていたから。ごめんなさい」

俯きながら、萎れるような声で、三好凪がそう答えた瞬間。先輩方は、"ああ"と、全てを納得したようだった。
"そんなことないよ"、"ごめんね"、"言葉のあやだよ"、"一緒に頑張ろう"、そうやって各々、三好凪を慰める。
疑問を抱いたままなのは、俺だけになってしまった。そんな俺を置いてけぼりにして、本格的に委員会活動が始まってしまう。
もっともその日は、俺と三好凪に火薬倉庫の簡単な案内や説明をするだけにとどまって、すぐに解散となったのだが。

委員会が終わると、俺はすぐさま未だ慣れない自分の部屋に戻った。そこには同室の尾浜勘右衛門が横になりながら本を読んでいるところだった。
俺は生まれ育った村で上手な友人付き合いというものはできなかったが、この勘右衛門はものすごく社交的なやつで、出会って数日で打ち解けてしまった。
若干勘右衛門が強引であったと思えなくもないが、それくらいが友人付き合いというものに疎い俺には良かったのだろう。荒療治、というのだろうか。
そんな勘右衛門は、一年い組の学級委員長だった。学級委員会は、他の委員会とは少し違うと聞く。何がどう違うかは、未だ知らなかったが。
だけど、学級委員長の勘右衛門ならば、知っているだろうか。聞くだけ聞いてみよう。それだけの価値はあるはずだ。だから俺は、勘右衛門がいるだろう自室に戻ってきた。

俺は、ずっと、疑問に思っていたのだ。あの三好凪の、挨拶に含まれた謝罪の意味するところを。
だって、普通。初対面の人間相手に挨拶をする際、謝罪をするものだろうか?普通、しないと思う。
それなのに、何故。何故、三好凪は、心底申し訳なさそうな顔で、あんな謝罪を口にしたのだろう。
謝罪を口にした彼女本人は勿論、先輩方だけが理解していて、俺だけが分からないというのは、些か解せない。
だから、勘右衛門に尋ねた。どう説明していいか分からなかったので、先ほどの委員会で起こったことを丸々話した。
俺の話を聞き終わった勘右衛門は、合点がいったようで、"それはね"と、寝たままだった状態を起こして俺と向き合う。

勘右衛門の話では、こうだ。
くのたまは忍たまとは違い、全員が委員会に参加するわけではない。
学級委員長はそれぞれの組で決めるが、それだって全員が学級委員長委員会に所属するわけではない。
各組のくのたまの委員長が集まり、くじ引きをする。それぞれの委員会の名前が書かれた当たりくじを、全部引き終わるまで、ひたすら引く。
あたりくじを引いた学級委員長のいるクラスから、その委員会に参加するくのたまを一人選出するのだそう。

勘右衛門の話をそこまで聞いて、俺はひとまず整理してみた。
三好凪はくのいち教室一年ろ組と言っていた。そうなると、くのいち教室一年ろ組の学級委員長のくのたまが、そのくじ引きで火薬委員会を引き当てた。
だからくのいち教室一年ろ組から火薬委員を選出することになり、その結果、三好凪が火薬委員になった。
おそらくこの推察は合っているだろう。だけど、これと、三好凪の謝罪には、繋がらない。
だって、それは公平なくじのもとで決まったことであり。おそらくくのいち教室一年ろ組でも、話し合いのもと火薬委員が決められたのだろう。
それなのに、そうだったなら、三好凪は謝ることなど、なにも。

さらに勘右衛門は続けた。
お前の先輩達は、"くのたまの委員は新入生か"、"火薬は上級生だよな"、"新入生はちょっとな"、そう言っていたんだろう?
くのいち教室の委員の選出方法なら、先輩達の望むように上級生が火薬委員に選ばれる可能性もあったわけだ。
そこに運悪く、即戦力にならない新入生が来たから、がっかりしたんだろ。
そこまで言い終わると、勘右衛門は"分かる?"と、まるで教師のように、年上のように、俺に確認した。
それに少し、腹が立たないわけでもなかったが。俺は首を振ったのだ。だって本当に、分からなかったから。

だって、勘右衛門。おかしくないか、それ。
くのたま全員から選ばなければいけない、そのなかで三好凪がそれこそ自ら火薬委員に立候補したなら、先輩方ががっかりするのも分かるよ。
俺、木下先生に言われたから。火薬委員会はその名のとおり火薬を取り扱うから、危険だと。気を付けろと。気を引き締めろと。
だから、そんな危険な委員会に、上級生も参加できるなかで、わざわざ三好凪が立候補したなら、先輩方ががっかりするのも分かるさ。
でも、違うんだろ。くのいち教室の一年ろ組から、選ばなければいけなかったんだろ?だから一年ろ組に所属している誰かが、今回は三好凪が、火薬委員になったんだろ?
それって、何が悪いことなんだろう。どうして三好凪が謝ることがあったんだろう。あんな、申し訳なさそうな顔する必要、あったのか?

途中から捲くし立てるようになってしまったが、勘右衛門は俺が言い切るまで黙っていてくれた。
そして、勘右衛門は困ったように笑いながら、まず一言。"誰も悪くないよ"、と。
やっぱり新入生が即戦力にならないのは本当だから、火薬の先輩達ががっかりするのも仕方ない。
だけど三好凪って子も、何も悪くない。だから誰も悪くない。大丈夫だよ、その後は普通に、過ごせたんだろ?と、続けた。
そうか。誰も悪くない場合も、あるのか。そうなのか。なるほど。勘右衛門のその言い分が妙に腑に落ちたので、俺は頷いた。
それによって、この話題は終わって、俺達は別の他愛のない話に興じたのだった。

それでも。俺はやっぱり内心、気にかかっていた。
だからその日の夜、寝る前に、嫌でも思い返す。勿論それは、火薬委員会のこと。あの、三好凪の挨拶だ。
誰も悪くないと、勘右衛門は言った。俺も、そう思う。そして多分それは、誰から見ても正しい。
だけど、それならなおさら何故、三好凪は謝ったのだろう。謝る必要なんて、ないのに。誰も悪くないなら、何故。
誰も悪くないのに、三好凪は自分を責めた。そのうえ、そうだ。危険な仕事も任せてくれ、なんて。どうにか挽回しようとしたのか、言ったのだ。
火薬は危ないものだ。そんなの、一年生の俺だって分かる。爆発すると、とてつもなく危ない。火傷は確実に負うだろうし、下手すれば死ぬ。
それを、任せろと。女なのに、任せてくれと。少しでも役立とうと思ったんだろう。自分が悪いと思っているから。本当は誰も悪くないのに。
あれがいっそ、口からでまかせだったらいいんだが。あの時の、三好凪の、心底申し訳なさそうな、眉の下がりきった顔は、きっと本気だった。
先輩方と和解したあとも、眉はどこか下がったままで、緊張して、居心地が悪そうだった。誰も悪くないのに。

そうやって、悪くないのに自分を責める。必要ないのに自分を追い詰める。
その三好凪の言動、行動は、それまでくのたまに抱いていた恐怖を、まるで抱かせない。
友人付き合いどころか、家族とも若干意思疎通がはかれないこともある俺に、言われたくないかも、しれないが。
なんだか生きるのが下手そうな奴だなと、確かに俺は三好凪のことをそう思いつつ、初めての委員会の夜を眠りについたのだった。