「食満せんぱぁい。こどもって、どうやって作るんですかぁ?」

目に入れても痛くない、とまで言ってしまうと大げさだが、俺なりにとても可愛がっている後輩の一人、しかも一年生の山村喜三太にこう聞かれてしまったら。
さらには同じく一年は組、福富しんべヱにも"あれ、そういえばどうやって作るんだろう?食満せんぱーい、教えてくださーい"などと言われてしまったら。
どうしようか。正しくは、どの程度まで本当のことを教えてもよいものかと、悩んでしまうのは当然であると思う。俺がは組であることは、きっと今は関係ない。
助けを求める、などではなく。いや、若干その気はあったのかもしれないが、何とはなしに、他の用具委員の後輩達にも目を向ける。
平太は、若干しんべヱと喜三太を気にするそぶりを見せつつも、補修作業をするその手をとめない。おそらく、手を止めては俺に怒られるとでも思っているのだろう。
守一郎は、ぽかんと口を開けながらも、少しだけ頬を赤くしていた。"ませてんなあ……"と、小さいながらも聞こえたのは気のせいではない。
最後に作兵衛は、それまで固まっていたようだが、俺と目が合った瞬間顔を青くして俺に背を向けて作業を再開した。お前が内心俺を怖がっていることは知っているが、さすがにそのあからさまな反応は傷付くぞ。
さて、どうしようか。いや、正しくはどの程度まで本当のことを教えてもいいだろうか。全くもって分からん。俺がは組であることは、やはり関係ないと思う。
考えがまとまらないので、俺はひとまず逃げることにした。文字通りこの場から立ち去るのではなく、他の奴に任せようと思ったのだ。
男らしくない、情けない、など自分に対して叱責する面がないわけでもないが、忍とはそもそも逃げるのが本分なのだ。

「なあ、平太。お前は知ってるのか?」
「えっ…………?」

しんべヱと喜三太を気にしすぎて、結局ほぼ作業の手がとまってしまっている平太。そいつに声をかける。
この、しんべヱと喜三太をものすごく気にかけている様子は、もしかして平太はその答えを知っているからではないかと、望みをかけたのだ。
答えを知っている、と言っても、平太だってまだ一年生。正しいものを知っているとは思えない。
しかし平太なりに知っているというのなら、一年生の疑問は一年生同士で解決してもらった方が平穏だろうと、俺は判断したのだ。
若干、平太も知らなかったらどうするんだ、と自分に思わないでもないが。そのときは、そのときだろう。

「え~!平太、知ってるのぉ?」
「すごーい、あとでおまんじゅうあげる~!」
「あ、ありがとう…………でも、僕も知らないんだぁ。ただね……」

"お父さんと、お母さんが作ることは、知ってるよ"と。そう言いながら、平太は俺を伺うように見上げた。
おそらく間違っていないかどうか、確認しているのだと思う。まあ、間違ってはいないな。子作りとは、世間一般、夫婦がするものだ。
しかし平太も知らなかったか。勝手ながら、あてが外れてしまった。そして俺に向けられる好奇心に満ちた瞳は、しんべヱと喜三太のふたつから、平太も加わってみっつになる。自業自得ではあるが。

「ああ。子供は、父親と母親が作るものだ」
「お父さんとお母さんがどうやって作るんですか~?」
「パパ達はどうやって僕とカメ子をつくったんですか~?」
「ぼぼぼぼ僕も知りたいです…………」

こうも好奇心かつ、無邪気な瞳を向けられると、色々と込み上げてくるものがある。
それをどうにか飲み込んで、俺はあまり敏くはない頭を全力で回転させる。しかし浮かんでくるものは、"コウノトリ"だとか"花畑"だとか、少し御伽噺がすぎる類のものばかり。
まあ、こいつらならそれでも信じてくれるとは思うが……完全な嘘を吐きたくはない、というのが先輩心というものだ。自尊心とも言うべきか。
夫婦が作る。男と女が作る。そこまで知ってしまっているのなら、もう少し踏み込んでもいいか、と。俺は内心かなりの覚悟を決めて、口を開いた。

「夫婦が…………一晩一緒に過ごすんだよ」
「それだけですか~?」
「パパ達いつも一緒に寝てるから、僕妹か弟できてるかもしれない!」
「ぼぼぼぼ僕のところも…………」

うん。違うな。あとひとつ、何か足りない気がするな。こうも言葉どおりに受け取られてしまうと、毒気が全て抜けそうになる。
だけどあと一押しだ、留三郎。ゴールは見えている気がする。急げ、このままだと無駄な期待をしんべヱと平太に抱かせることになるぞ。
しかし残念ながら、俺は相当な覚悟を、今の"一晩一緒"で使ってしまったので。
次は、あまり冒険できなかった。無難におさめてしまった。それこそ、御伽噺がすぎるだろう、というものだ。

「夫婦が一晩ずっと、手を繋いで眠るんだ。そうすると子供ができる…………可能性がある」

自分で言ってて、少し恥ずかしかった。
背後から守一郎が噴き出す音が聞こえたし、しかしすぐに"食満先輩頑張った……"と賞賛する声も聞こえたので、守一郎を叱るのはやめておこう。
作兵衛の方はどうだろう、と目線だけを送れば、ものすごく微妙な顔をしていた。笑いを堪えているような、心底引いているような、そんな。
ああ、作兵衛。そういう顔をするってことは、お前は正しい子供の作り方を知っているんだな。その顔より、俺はそっちの方がちょっとショックだ。
しかし今は作兵衛より、質問者の三人だ。しかしわざわざ確認せずとも、分かる。再び三人と目が合った瞬間"ありがとうございました"と、頭を下げられたのだから。納得してもらえたのだろう。

「寝相の悪い人は大変だねえ~」
「紐とかで結ぶしかないのかなあ」
「絡まっちゃいそうだよ…………怖いよ……」

そして三人で、一晩手を繋いで眠る方法を考え出してしまった。
まあ、実のところは寝相は関係ないし、紐は基本必要ないし、絡まる可能性だってないのだが。勿論それは、胸のうちだけにとどめておく。
いつの間にか嫌な汗をかいていた首裏を軽く拭って、俺はすっかりとまっていた補修を再開する。守一郎と作兵衛にも、改めて指示を出した。

「でも、じゃああの子馬のお父さんとお母さんは、一晩ずっと手を繋いでいたんだね。頑張ったねえ」

しんべヱのその言葉に、そういえば生物小屋に子馬が生まれたんだっけか、と思い出したのは言うまでもない。
そして、そこから色々と察したことも。なるほど、それでか。子馬の話を聞いたから、あるいは直接見てきたのかもしれない。なるほど、それで、な。
未だ話し合いをしている三人にも、指示を出す。すぐに持ち場に戻り、頭を切り替えて一生懸命作業をする三人が、いつも以上に眩しく見えた。


「食満くん、今日の委員会は大変だったんでしょう。すごく、たくさん、お直ししたって聞いたわ。お疲れさま」

しんべヱ達に、あのようなことを聞かれた日の夜に、伊作は医務室当番で不在。
そこに恋人である雨宮が遊びに来てしまったのは、幸運であり、不運でもあると思ってしまうのは俺の心が弱いからだろうか。
いや。弱いのは心ではないな。弱いのは、理性だとか、そういったものだ。
もう自制の利かない年でもあるまいし。しかも、一年生から純真な瞳で質問されただけだというのに。
子作りというものを、そのための行為を、意識してしまうのは、俺の理性が弱く不埒であるからに他ない。

「壊れるときって、一気に壊れるからな。直すのも一斉なんだ。なんなんだろうな、あれ」
「ふふ。道具だって、きっとひとりで壊れるのはこわいのよ。どうせなら、みんなと一緒に壊れたいの」
「そんなものか?」
「だって桜だって、いっせいにみんなで散るでしょう。それとおなじよ、きっと」

道具が壊れることと、花びらが散ることを同列に語る雨宮は、変わっていると思う。不思議だと思う。そして、ほんの少しだけ、哀れだとも。
哀れむだなんて、雨宮に失礼だと分かっている。雨宮はきっと俺に、そういったものを求めていない。哀れんでほしいなど、望んでいない。
だけどやはり、哀れだと、どうしても思ってしまうのだ。
雨宮のこういった言動は、ずっと変わらない。下級生の頃から、一年生の頃から、ずっと、なにも。
下級生ならば、一年生ならば、何もおかしなことはないだろう。可愛いものだ。ただただ純粋無垢で、可愛い。
だけど雨宮はもう六年生で、十五の女で。それなのに、いつまでも童子のような、幼い不思議な御伽噺のようなことを口にする。
雨宮が、何も変わっていなければいいさ。一年生の頃から、本当に何ひとつ変わっていなければ、別にそのままでもおかしなことはない。
だけど確かに雨宮は、心も――――身体も、変わってしまっているのに。まるで童子の頃に縋るように、その頃の言動を真似るように、ふるまうものだから。哀れだと、思ってしまう。
それほどのことが、あったのだと。現実から目を逸らし、何も知らぬ過去に縋りたいほどのことが、雨宮の身に起きたのだと。
俺も、知ってしまっているから、余計哀れんでしまうのかもしれない。それこそ、とても傲慢なような気がするが。

「委員会。ひとり増えたのは、慣れた?」
「ああ。一生懸命仕事をしてくれる、いい奴だよ」
「そう。富松くんは、変わらず食満くんにこわがりさん?」
「残念ながら、そうだな」
「ふふ。一年生は、かわいい?」
「ああ、可愛いよ」
「ふふ。ふふ、そう。そうね。一年生は、いちばん可愛いざかりかもしれないわね。二年生になると後輩ができて、おにいちゃんになってしまうから」
「確かに、下がいるかどうかっていうのは大きいよな」
「二年生のそれも、ういういしくて可愛いけれどね。せいいっぱいおにいちゃんであろうとする姿、かわいいわ」

雨宮は、この会話からも分かるとおり、子供が好きだと思う。
そもそも雨宮が誰かを嫌っているという話は、本人からも噂でも、聞いたことはないが。
しかし、子供のことは、本当に好きだと思う。相当、可愛がっていると思う。事実、去年まで用具委員だった雨宮は、唯一の後輩の作兵衛をかなり可愛がっていた。
いい母親になるだろうな、と。漠然と思う。そしてそれはきっと、正しい事実なのだとも思う。
けれど、雨宮が母になることはないのだろう、とも。悲しいけれど、それもきっと、正しい事実だ。
雨宮は、くのいち志望だ。そのなかでも戦忍を希望している。だけど、くのいちにはいやでも色というものが付きまとうから。それからきっと、雨宮は逃げ切れないから。
もしかしたら、雨宮の腹に子が孕むことはあるかもしれない。けれど、その父親は、俺ではない。それだって、正しい事実だ。
だって、俺は雨宮を抱かないから。抱きたいけれど、抱かないから。雨宮はそれに、男と女のその行為に、ひどく痛い思いをして、怯え続けているから。
だから雨宮の腹に子が宿るのならば、それは俺以外の男の子供だ。どうしようもない世だと、我ながら似合わないことを思う。

「……どうしたの、食満くん。疲れてしまったの?ほんとうに、大変だったのね」

突然、つん、と眉間をつつかれた。誰にでもない、雨宮にだ。何度かつつかれ続けるが、不快ではないので好きにさせておく。
色々と考え込んでしまっていたから、自然と眉間に皺が寄っていたのだろう。
雨宮が言うように、疲れてはいない。多少身体のだるさはあるが、苦にもならない程度だ。
未だ俺の眉間をつつく雨宮を見つめる。俺をつつくため、きっと少し近付いてきたのだろう。先ほどよりも距離が近い。
雨宮は、完全に男が駄目なわけではない。性行為と、それに付随するものが、苦手なだけだ。
俺のことだって、好いてくれているのだと思う。恋人として、男として。そこに、あまり女の欲はなくとも。
だからこうやって俺に触れることができる。俺から触れても、抱きしめても、雨宮は笑う。口付けだって、深くないものならば、受け入れる。
今俺がしているように。俺の眉間をつつき続けていた、小さな手を、ぎゅっと握り締めても。雨宮は、ふんわりと昔と変わらない笑みを浮かべるだけだ。

「痛かった?ごめんなさい」
「どっちかというと、くすぐったかった」
「ふふ。ごめんなさい」
「…………手、繋いでもいいか」
「もう繋いでいるわ」
「しばらく、繋いでいてもいいか」
「ええ、もちろん」

雨宮からも、握り返される。小さな手だ。細い手だ。強くて、だけどとても、弱い手。
十五の男と女が、部屋に二人きりで、手を繋ぐだけ。あまりにも健全すぎるし、逆に不健全だとも思う。
だけど、これが俺と雨宮だ。俺と雨宮の付き合い方だ。俺と雨宮の、男と女の付き合い。
雨宮が、これ以上は怖がるから。だから俺は、我慢する。怖がる雨宮を、受け入れられる男でありたいから。
しかしやはり、雨宮の、女の肌が恋しいので、俺は繋ぐ手の力を込めた。柔らかい肌だった。

俺は普段から、こうやって色々考え込む性質ではない。
ましてや、雨宮の痛みについてだとか、俺と雨宮の付き合い方についてだとか。あえて深く考えないようにつとめているくらいだ。
だって、考えたところで、どうしようもないからだ。俺だって、辛くなるからだ。心だけでなく、最低ながら、身体の方も。俺は立派な男なのだから。
だけど今日に限って、考え込んでしまうのは。やはり委員会での一件が関係しているのだろう。
子供の作り方。それに対して俺が述べた答えは、当たらずとも遠からず、嘘を吐いてはいなくとも、本当を教えたわけでもない。
しかし本当に、俺の答えが正解だったなら。それが、この世の理だったのなら。
きっと俺は今夜、雨宮を帰さなかった。一晩中、雨宮の手を離すことは、なかっただろう。
雨宮は子供が好きだ。昔から、今だって、きっとこれからも。母になりたいと、願ったことだって、幼い頃にあったのだろう。
その願いを、雨宮の痛みに触れず叶えられるのなら。そんなに嬉しいことはないのに。

「優しい手ね、食満くん」

そう言って、雨宮は空いた方の手で、自分の手を握る俺の右手を撫でた。
優しくないよ。お前のその、両手の感覚を、俺は必死で覚えて、それをしばらく胸に抱いて眠るんだから。
優しくなんてないさ。たとえ、俺が言ったように、子供が作られる世であったとしても。
今もずっと、これからもずっと、胸の内で燻り続ける雨宮への欲は、消えることはなかっただろうから。
子作りのためでなくとも、きっと俺は雨宮を抱きたかった。それは俺がどうしようもない、心も理性も弱い、男という生き物だからだ。
優しくなんてない。本当に優しくあれるように、雨宮にこれからも哀れであってほしいと何処かで思う俺の、何が優しいというのだろう。

「食満せんぱぁい。こどもって、どうやって作るんですかぁ?」

目に入れても痛くない、とまで言ってしまうと大げさだが、俺なりにとても可愛がっている後輩の一人、しかも一年生の山村喜三太にこう聞かれてしまったら。
さらには同じく一年は組、福富しんべヱにも"あれ、そういえばどうやって作るんだろう?食満せんぱーい、教えてくださーい"などと言われてしまったら。
どうしようか。正しくは、どの程度まで本当のことを教えてもよいものかと、悩んでしまうのは当然であると思う。俺がは組であることは、きっと今は関係ない。
助けを求める、などではなく。いや、若干その気はあったのかもしれないが、何とはなしに、他の用具委員の後輩達にも目を向ける。
平太は、若干しんべヱと喜三太を気にするそぶりを見せつつも、補修作業をするその手をとめない。おそらく、手を止めては俺に怒られるとでも思っているのだろう。
守一郎は、ぽかんと口を開けながらも、少しだけ頬を赤くしていた。"ませてんなあ……"と、小さいながらも聞こえたのは気のせいではない。
最後に作兵衛は、それまで固まっていたようだが、俺と目が合った瞬間顔を青くして俺に背を向けて作業を再開した。お前が内心俺を怖がっていることは知っているが、さすがにそのあからさまな反応は傷付くぞ。
さて、どうしようか。いや、正しくはどの程度まで本当のことを教えてもいいだろうか。全くもって分からん。俺がは組であることは、やはり関係ないと思う。
考えがまとまらないので、俺はひとまず逃げることにした。文字通りこの場から立ち去るのではなく、他の奴に任せようと思ったのだ。
男らしくない、情けない、など自分に対して叱責する面がないわけでもないが、忍とはそもそも逃げるのが本分なのだ。

「なあ、平太。お前は知ってるのか?」
「えっ…………?」

しんべヱと喜三太を気にしすぎて、結局ほぼ作業の手がとまってしまっている平太。そいつに声をかける。
この、しんべヱと喜三太をものすごく気にかけている様子は、もしかして平太はその答えを知っているからではないかと、望みをかけたのだ。
答えを知っている、と言っても、平太だってまだ一年生。正しいものを知っているとは思えない。
しかし平太なりに知っているというのなら、一年生の疑問は一年生同士で解決してもらった方が平穏だろうと、俺は判断したのだ。
若干、平太も知らなかったらどうするんだ、と自分に思わないでもないが。そのときは、そのときだろう。

「え~!平太、知ってるのぉ?」
「すごーい、あとでおまんじゅうあげる~!」
「あ、ありがとう…………でも、僕も知らないんだぁ。ただね……」

"お父さんと、お母さんが作ることは、知ってるよ"と。そう言いながら、平太は俺を伺うように見上げた。
おそらく間違っていないかどうか、確認しているのだと思う。まあ、間違ってはいないな。子作りとは、世間一般、夫婦がするものだ。
しかし平太も知らなかったか。勝手ながら、あてが外れてしまった。そして俺に向けられる好奇心に満ちた瞳は、しんべヱと喜三太のふたつから、平太も加わってみっつになる。自業自得ではあるが。

「ああ。子供は、父親と母親が作るものだ」
「お父さんとお母さんがどうやって作るんですか~?」
「パパ達はどうやって僕とカメ子をつくったんですか~?」
「ぼぼぼぼ僕も知りたいです…………」

こうも好奇心かつ、無邪気な瞳を向けられると、色々と込み上げてくるものがある。
それをどうにか飲み込んで、俺はあまり敏くはない頭を全力で回転させる。しかし浮かんでくるものは、"コウノトリ"だとか"花畑"だとか、少し御伽噺がすぎる類のものばかり。
まあ、こいつらならそれでも信じてくれるとは思うが……完全な嘘を吐きたくはない、というのが先輩心というものだ。自尊心とも言うべきか。
夫婦が作る。男と女が作る。そこまで知ってしまっているのなら、もう少し踏み込んでもいいか、と。俺は内心かなりの覚悟を決めて、口を開いた。

「夫婦が…………一晩一緒に過ごすんだよ」
「それだけですか~?」
「パパ達いつも一緒に寝てるから、僕妹か弟できてるかもしれない!」
「ぼぼぼぼ僕のところも…………」

うん。違うな。あとひとつ、何か足りない気がするな。こうも言葉どおりに受け取られてしまうと、毒気が全て抜けそうになる。
だけどあと一押しだ、留三郎。ゴールは見えている気がする。急げ、このままだと無駄な期待をしんべヱと平太に抱かせることになるぞ。
しかし残念ながら、俺は相当な覚悟を、今の"一晩一緒"で使ってしまったので。
次は、あまり冒険できなかった。無難におさめてしまった。それこそ、御伽噺がすぎるだろう、というものだ。

「夫婦が一晩ずっと、手を繋いで眠るんだ。そうすると子供ができる…………可能性がある」

自分で言ってて、少し恥ずかしかった。
背後から守一郎が噴き出す音が聞こえたし、しかしすぐに"食満先輩頑張った……"と賞賛する声も聞こえたので、守一郎を叱るのはやめておこう。
作兵衛の方はどうだろう、と目線だけを送れば、ものすごく微妙な顔をしていた。笑いを堪えているような、心底引いているような、そんな。
ああ、作兵衛。そういう顔をするってことは、お前は正しい子供の作り方を知っているんだな。その顔より、俺はそっちの方がちょっとショックだ。
しかし今は作兵衛より、質問者の三人だ。しかしわざわざ確認せずとも、分かる。再び三人と目が合った瞬間"ありがとうございました"と、頭を下げられたのだから。納得してもらえたのだろう。

「寝相の悪い人は大変だねえ~」
「紐とかで結ぶしかないのかなあ」
「絡まっちゃいそうだよ…………怖いよ……」

そして三人で、一晩手を繋いで眠る方法を考え出してしまった。
まあ、実のところは寝相は関係ないし、紐は基本必要ないし、絡まる可能性だってないのだが。勿論それは、胸のうちだけにとどめておく。
いつの間にか嫌な汗をかいていた首裏を軽く拭って、俺はすっかりとまっていた補修を再開する。守一郎と作兵衛にも、改めて指示を出した。

「でも、じゃああの子馬のお父さんとお母さんは、一晩ずっと手を繋いでいたんだね。頑張ったねえ」

しんべヱのその言葉に、そういえば生物小屋に子馬が生まれたんだっけか、と思い出したのは言うまでもない。
そして、そこから色々と察したことも。なるほど、それでか。子馬の話を聞いたから、あるいは直接見てきたのかもしれない。なるほど、それで、な。
未だ話し合いをしている三人にも、指示を出す。すぐに持ち場に戻り、頭を切り替えて一生懸命作業をする三人が、いつも以上に眩しく見えた。


「食満くん、今日の委員会は大変だったんでしょう。すごく、たくさん、お直ししたって聞いたわ。お疲れさま」

しんべヱ達に、あのようなことを聞かれた日の夜に、伊作は医務室当番で不在。
そこに恋人である雨宮が遊びに来てしまったのは、幸運であり、不運でもあると思ってしまうのは俺の心が弱いからだろうか。
いや。弱いのは心ではないな。弱いのは、理性だとか、そういったものだ。
もう自制の利かない年でもあるまいし。しかも、一年生から純真な瞳で質問されただけだというのに。
子作りというものを、そのための行為を、意識してしまうのは、俺の理性が弱く不埒であるからに他ない。

「壊れるときって、一気に壊れるからな。直すのも一斉なんだ。なんなんだろうな、あれ」
「ふふ。道具だって、きっとひとりで壊れるのはこわいのよ。どうせなら、みんなと一緒に壊れたいの」
「そんなものか?」
「だって桜だって、いっせいにみんなで散るでしょう。それとおなじよ、きっと」

道具が壊れることと、花びらが散ることを同列に語る雨宮は、変わっていると思う。不思議だと思う。そして、ほんの少しだけ、哀れだとも。
哀れむだなんて、雨宮に失礼だと分かっている。雨宮はきっと俺に、そういったものを求めていない。哀れんでほしいなど、望んでいない。
だけどやはり、哀れだと、どうしても思ってしまうのだ。
雨宮のこういった言動は、ずっと変わらない。下級生の頃から、一年生の頃から、ずっと、なにも。
下級生ならば、一年生ならば、何もおかしなことはないだろう。可愛いものだ。ただただ純粋無垢で、可愛い。
だけど雨宮はもう六年生で、十五の女で。それなのに、いつまでも童子のような、幼い不思議な御伽噺のようなことを口にする。
雨宮が、何も変わっていなければいいさ。一年生の頃から、本当に何ひとつ変わっていなければ、別にそのままでもおかしなことはない。
だけど確かに雨宮は、心も――――身体も、変わってしまっているのに。まるで童子の頃に縋るように、その頃の言動を真似るように、ふるまうものだから。哀れだと、思ってしまう。
それほどのことが、あったのだと。現実から目を逸らし、何も知らぬ過去に縋りたいほどのことが、雨宮の身に起きたのだと。
俺も、知ってしまっているから、余計哀れんでしまうのかもしれない。それこそ、とても傲慢なような気がするが。

「委員会。ひとり増えたのは、慣れた?」
「ああ。一生懸命仕事をしてくれる、いい奴だよ」
「そう。富松くんは、変わらず食満くんにこわがりさん?」
「残念ながら、そうだな」
「ふふ。一年生は、かわいい?」
「ああ、可愛いよ」
「ふふ。ふふ、そう。そうね。一年生は、いちばん可愛いざかりかもしれないわね。二年生になると後輩ができて、おにいちゃんになってしまうから」
「確かに、下がいるかどうかっていうのは大きいよな」
「二年生のそれも、ういういしくて可愛いけれどね。せいいっぱいおにいちゃんであろうとする姿、かわいいわ」

雨宮は、この会話からも分かるとおり、子供が好きだと思う。
そもそも雨宮が誰かを嫌っているという話は、本人からも噂でも、聞いたことはないが。
しかし、子供のことは、本当に好きだと思う。相当、可愛がっていると思う。事実、去年まで用具委員だった雨宮は、唯一の後輩の作兵衛をかなり可愛がっていた。
いい母親になるだろうな、と。漠然と思う。そしてそれはきっと、正しい事実なのだとも思う。
けれど、雨宮が母になることはないのだろう、とも。悲しいけれど、それもきっと、正しい事実だ。
雨宮は、くのいち志望だ。そのなかでも戦忍を希望している。だけど、くのいちにはいやでも色というものが付きまとうから。それからきっと、雨宮は逃げ切れないから。
もしかしたら、雨宮の腹に子が孕むことはあるかもしれない。けれど、その父親は、俺ではない。それだって、正しい事実だ。
だって、俺は雨宮を抱かないから。抱きたいけれど、抱かないから。雨宮はそれに、男と女のその行為に、ひどく痛い思いをして、怯え続けているから。
だから雨宮の腹に子が宿るのならば、それは俺以外の男の子供だ。どうしようもない世だと、我ながら似合わないことを思う。

「……どうしたの、食満くん。疲れてしまったの?ほんとうに、大変だったのね」

突然、つん、と眉間をつつかれた。誰にでもない、雨宮にだ。何度かつつかれ続けるが、不快ではないので好きにさせておく。
色々と考え込んでしまっていたから、自然と眉間に皺が寄っていたのだろう。
雨宮が言うように、疲れてはいない。多少身体のだるさはあるが、苦にもならない程度だ。
未だ俺の眉間をつつく雨宮を見つめる。俺をつつくため、きっと少し近付いてきたのだろう。先ほどよりも距離が近い。
雨宮は、完全に男が駄目なわけではない。性行為と、それに付随するものが、苦手なだけだ。
俺のことだって、好いてくれているのだと思う。恋人として、男として。そこに、あまり女の欲はなくとも。
だからこうやって俺に触れることができる。俺から触れても、抱きしめても、雨宮は笑う。口付けだって、深くないものならば、受け入れる。
今俺がしているように。俺の眉間をつつき続けていた、小さな手を、ぎゅっと握り締めても。雨宮は、ふんわりと昔と変わらない笑みを浮かべるだけだ。

「痛かった?ごめんなさい」
「どっちかというと、くすぐったかった」
「ふふ。ごめんなさい」
「…………手、繋いでもいいか」
「もう繋いでいるわ」
「しばらく、繋いでいてもいいか」
「ええ、もちろん」

雨宮からも、握り返される。小さな手だ。細い手だ。強くて、だけどとても、弱い手。
十五の男と女が、部屋に二人きりで、手を繋ぐだけ。あまりにも健全すぎるし、逆に不健全だとも思う。
だけど、これが俺と雨宮だ。俺と雨宮の付き合い方だ。俺と雨宮の、男と女の付き合い。
雨宮が、これ以上は怖がるから。だから俺は、我慢する。怖がる雨宮を、受け入れられる男でありたいから。
しかしやはり、雨宮の、女の肌が恋しいので、俺は繋ぐ手の力を込めた。柔らかい肌だった。

俺は普段から、こうやって色々考え込む性質ではない。
ましてや、雨宮の痛みについてだとか、俺と雨宮の付き合い方についてだとか。あえて深く考えないようにつとめているくらいだ。
だって、考えたところで、どうしようもないからだ。俺だって、辛くなるからだ。心だけでなく、最低ながら、身体の方も。俺は立派な男なのだから。
だけど今日に限って、考え込んでしまうのは。やはり委員会での一件が関係しているのだろう。
子供の作り方。それに対して俺が述べた答えは、当たらずとも遠からず、嘘を吐いてはいなくとも、本当を教えたわけでもない。
しかし本当に、俺の答えが正解だったなら。それが、この世の理だったのなら。
きっと俺は今夜、雨宮を帰さなかった。一晩中、雨宮の手を離すことは、なかっただろう。
雨宮は子供が好きだ。昔から、今だって、きっとこれからも。母になりたいと、願ったことだって、幼い頃にあったのだろう。
その願いを、雨宮の痛みに触れず叶えられるのなら。そんなに嬉しいことはないのに。

「優しい手ね、食満くん」

そう言って、雨宮は空いた方の手で、自分の手を握る俺の右手を撫でた。
優しくないよ。お前のその、両手の感覚を、俺は必死で覚えて、それをしばらく胸に抱いて眠るんだから。
優しくなんてないさ。たとえ、俺が言ったように、子供が作られる世であったとしても。
今もずっと、これからもずっと、胸の内で燻り続ける雨宮への欲は、消えることはなかっただろうから。
子作りのためでなくとも、きっと俺は雨宮を抱きたかった。それは俺がどうしようもない、心も理性も弱い、男という生き物だからだ。
優しくなんてない。本当に優しくあれるように、雨宮にこれからも哀れであってほしいと何処かで思う俺の、何が優しいというのだろう。