「久々知先輩。こどもって、どう作るんですか?」
火薬委員会直々の可愛い後輩に、"うるさい"などと一刀両断できるはずがなく。
かと言って"性交によって"などと、まだ汚れを知らぬ盛りの一年生相手に馬鹿正直に言えるはずもなく。
学年はともかく人生の先輩ではあるタカ丸さんに助けを求めようにも、俺と伊助以外の火薬委員の面々は倉庫の外で作業中。
四面楚歌、詰みだ。これが忍務であったのなら、俺は死んでいた。
表向きは平静を保ちつつも、どうにかこの場を打開すべく、俺は思考を巡らせる。
その最中にも突き刺さる、質問者からの視線。伊助からの、くもりなきまなこ。
後輩から質問をしてもらえることは、先輩冥利と言えよう。頼られていることは、素直に嬉しい。
これが、とんだ珍妙なものでなければ、本当に本当に、喜ばしかったのだが。
「どうした、突然。なにかあったのか?」
未だいい打開策が思いつかない俺は、ひとまず、時間を稼ぐことにした。
逆に質問を返してみる。それを想定していなかったのか、くもりなきつぶらなまなこは、ぱちぱちと数回瞬きをした。
そのあどけない仕草は、十の子供そのもので。この後輩が、本当に子供の作り方を知らないのだと、改めて俺に知らしめた。
そう思うと、庇護欲、というのだろうか。それに近しい漠然とした何かが、途端俺の中にこみあげる。
正直自分のなかに後輩をこんなにも可愛がれる素質があったのかと驚きだ。俺も、年をとったということだろうか。
「生物小屋で飼ってる馬に、こどもができたって、生物委員の友達が教えてくれたんです」
「そうか」
「それで、昼休みに見てきたんです。すごく可愛かったです」
「そうか。それはよかったな」
「でも不思議だったんです。どうやってあの子馬は生まれたんだろうって」
まあそれは、母親となる馬の胎内から子宮口を通ってだろう。
勿論、そんな馬鹿正直に伊助には言わない。俺は再び"そうか"と、ただ短く一言返すだけに留めた。
伊助が子供の作り方に疑問を覚えた経緯は分かった。だけど相変わらず、俺はその質問への返答が分からない。
いや。答えそのものは分かっているんだ。男と女が性交を行い、うまく受精すれば母親の胎内で子供が育ち、十月十日経つと陣痛が起き産み落とされる、と。
だけど伊助に対する答えは、これではないんだ。これを言ってはいけないんだ。あどけないこの後輩には、まだ。
そうなると実に困りものである。産んだ母馬本人に聞いたらどうだ、とも言えまい。馬と言葉は交わせないのだから。
かといって、コウノトリやらなんやらとその場しのぎの嘘をつくのも、先輩として不誠実であるし、追々伊助に影響が出てしまうのではないだろうか。
しかし頼ってもらえたからには、何か上手いことを返したいものだが…………それが欠片も思いつかないのだから、どうしようもない。
ちくちくと、くもりなきつぶらなまなこは未だ俺を刺し続ける。これ以上の時間稼ぎは無理だと悟った俺は、ようやく覚悟を決めた。諦めた、とも言う。
「すまない。俺も分からないんだ」
「…………えっ!?久々知先輩にも分からないことなんてあるんですか!?」
「そりゃあ、あるさ」
ええー……と、ものすごく驚愕したような、だけどどこか疑ったような声を、伊助は零す。
そんなに驚くことだろうか。俺に、知らないことがあるというのは。それは嬉しくないこともないが、過大評価というやつである。
もしくは"知らない"と逃げたことに勘付かれているのだろうか。声色も表情も、平静を保ったつもりだったのだが。
すっかり作業の手をとめて呆然と俺を見上げ続ける伊助に、もう一押ししてみることにした。
「だって俺に子供はいないからな」
その押しの一言は、ものすごく伊助の心に響いたのか、"なるほど!"と納得の笑みを向けられた。
滞っていた作業を再開したかと思えば、"じゃあ山田先生に聞いてみますね"なんて伊助は言っていたような気がするが。
俺も俺で、それに"そうだな、それがいい"なんて、返してしまったような気もするが。
まあ、山田先生ならなんとでもしてくれるだろうと、俺はそれ以上この件に関して考えることをやめたのだった。
「ふっ…………ふふ、」
その火薬倉庫でのあらましを、夜に俺の部屋へ訪れた凪に世間話の一環としてしてみれば、この反応だ。
笑われた。一応、堪えようとはしているらしいが、堪えきれない笑いが口からも表情にも出ている。
それは大変だったと、労わってくれるのならまだしも。伊助は純粋だと、感心してくれるのならまだしも。
笑うってどういうことだ。これは笑い話ではないんだが。不服な感情は特に隠さず、凪に目で訴えれば、ようやく笑いは治まった。
「ごめん、ごめん。災難だったわね」
「災難…………まあ、災難と言えば災難か」
「先輩は大変ね」
「凪だって、先輩だろ」
「くのたまはそんなこと聞く子、いないんじゃないかしら。少なくとも私は聞かれたことがない」
「なんでさ」
「授業で学ぶのも早いだろうし、それに…………」
"女の子の方が、色々と早熟だから"と、凪は笑ったからだろうか、目尻に溜まった涙を指先で拭った。
その指は、そのまま手櫛となり髪を梳かす。その次は、衿の合わせを軽く整えて、最終的に膝の上に戻った。
……ふむ。なるほど。くのたまが何年生でそういったことを学ぶのかも、何故女の方が早熟かも、俺には分からないが。
なるほど。確かに、女の方が色気がある。涙を拭う指先、髪を梳く手つき、衿を直す仕草、どれもがいちいち俺を挑発する。
「凪」
「なに?」
短く名前を呼んで、口付ける。緩く開いていた唇には、あえて侵入しないことにした。
触れるだけの口付けの際、凪の後頭部に手を回して髪紐をほどく。
当然のように重力に従って落ちた美しい髪は、まるで凪の方も乗り気なのだと俺に錯覚させてくれた。
「……尾浜くんは」
「見れば分かるだろ。最初からいない」
「そうじゃなくて」
「凪が来るって知ってるんだ。帰ってこないよ」
「…………」
このやり取りも、もどかしくて鬱陶しくて、だけどどこか楽しくて、俺を煽ってくれる。
もっとも、凪の方にそのつもりがあって行っていることなのかは知らないが。
今までの経験則から、次に凪は諦めたように目を瞑り、俺の首に腕を回す。
…………はずなのだが、今回は予測が外れた。しっかりと開かれた凪の目は、真っ直ぐ俺を見つめ、だけどどこか愉しげだ。
「兵助は」
「…………なに」
「こどもの作り方、知らないんじゃなかったの?」
凪の、唇が笑う。瞳が嗤う。久しぶりに見る、凪の"くのたま"の顔だった。
情事の前に、こうやってからかわれるのは、初めてだが。だが、そうか。なるほど。なるほど。
「凪は知ってるの?じゃあ、教えてよ」
なるほど、なかなかにこれは、不愉快だ。
有無を言わさず、凪を押し倒す。身動きがとれないよう、足の付け根あたりに跨って、体重をかける。
凪の右肩を強く畳に押し付けて、空いた右手で衿を思い切り開いた。
そのどれもに、抵抗せず、抗議の声もあげず、だけど目線だけで、凪は俺に異議を唱えていた。
「…………なに、その目」
「少しからかっただけじゃない」
「時を考えてほしい」
「私は、"はい"と言うことしか許されないの」
「そうじゃないだろ」
「そう言っているように聞こえるわ」
「…………何が、こどもの作り方だ。俺達は、そうじゃないだろ」
せっかくのあまやかな雰囲気の最中、からかわれたことに腹が立った。
わざと俺の言葉の揚げ足をとる凪に、腹が立った。
だから、つい零れてしまった俺の本音は。伊助のときのように、頭のなかでさほど推敲せずに出てしまった言葉は。
口に出してから、ひどく凪を傷付けたのだと、その打ちひしがれたような表情を見てから知った。
「………………そうね」
「あ…………」
「そうね。そうだわ。だけど、じゃあ、私達のこれは、何なのかしらね」
伏せられる直前、その瞳が必要以上に潤んでいたのは、きっと見間違いではない。
目を閉じた凪は、そのまま首を曲げ、俺から逃げるように顔を逸らした。
唇もきゅっと引き結ばれていて、これ以上、そこから何か言葉が出てくることはなさそうだ。
その姿は、俺を拒絶しているようであり、俺に勝手にしろと言っているようでもあった。
とりあえず、俺の方は悲しいかな男の性、まだそちらの気は衰えていないので、凪に触れた。
顔を背けていることから、よりくっきりと浮き出ている首の筋。それをなぞるように、ゆっくりと。
「俺は」
「…………」
「……俺だって、自分はもっと我慢のきく人間だと思っていた」
俺達がしている行為は、矛盾している。俺達が今からする行為は、その本来の意味に背いている。
栄養をとるためでも、腹を満たすためでもない、食事のように。
体をやすめるためでも、睡眠をとるためでもない、眠りのように。
こどもを作るためでない、俺達の情交は、ならばそれはなんと呼べばいいのだろう。
「理に適わないことをしない、自制のできる人間でいたかったさ」
「…………」
「そうさせなかったのは」
首筋をじゅうぶんに堪能して、俺の指は次に凪の鎖骨を嬲っていた。
重なり合った凪の睫が、ときおり揺れる。そこを詰ってやりたい気持ちもあったが、どうにか堪えた。
たぶん、これ以上凪の機嫌を損ねれば、完全に凪はその気をなくしてしまうだろう。
そうなれば、これから行う俺達の行為は、子作りではないどころか、ただの俺のひとりよがりなものとなってしまう。
それでもいいか、とどこか醒めた自分がいる反面。それはいやだなと思う自分も、確かにいた。
ただでさえ、本来の意味に逆らっている行為なのだから。
それならせめて、気持ちだけは。俺と凪の、互いの気持ちだけは。
「凪だろ。凪が俺を、おかしくさせた」
子供という、本来の実りは、今はまだ尚早だから。
せめて気持ちだけは重なって、実りのある行為となってほしいと、そう思うのだ。