「滝夜叉丸先輩。こどもってどうやってつくるんですか?」
何故未だ二年生、十一歳というその齢でそれについて疑問を抱いたのか、この平滝夜叉丸は思った。
何故よりによって委員長かつ最高学年で在られる七松先輩が野外実習でいない今日この日の委員会でそれを尋ねる経緯に至ったのか、この平滝夜叉丸は思った。
ああ、否。後者は愚問であると言うべきか。質問者である時友四郎兵衛、こやつは私に最大にして最高の敬意と尊敬の念を抱いているのだろう。
だから何か疑問が脳裏に浮かんだのならば、最大で最高の尊愛してやまない先輩であるこの私に、質問しようと考え行動にうつすのは何も可笑しなことではない。
あまり大きな声では言えないがこの四郎兵衛、きっと七松先輩よりもこの私を慕っているのだ。なに、二学年も上の先輩を超えてしまうのは無理もない。何故なら私だからだ。
つまるところ、四郎兵衛は私をとてもとてもそれはもうとても尊敬し敬愛し崇拝しているので、私に疑問を尋ねた。
こう言ってはあんまりではあると思うが、その少し足りない頭で七松先輩への遠慮も考え、七松先輩がいない今日この日を見計らったのだろう。
うむ。完璧な推察であり、そしてこれが揺ぎ無い事実であろう。このように後輩の心境をいとも簡単に見抜いてしまうのだ、四郎兵衛が私に懐くのは必然であり、それはこやつの幸福であろう。
しかしこの私の冴えた洞察力をもってしても、最初に浮かんだ疑問に対する己への答えは未だ見つからない。
何故だろう。何故、未だ二年生、十一歳というそのまだ幼き齢で、子の作り方などを知りたがるのか。そのようなことを疑問に覚えるのか。一体何があったと言うのか。
頭が回りすぎる、というのも玉に瑕である。そうやって思考ばかりが恐ろしいほどにすらすら巡ってしまって、口の方はすっかり閉ざしていた私も、まあ多少非があるのかもしれない。
しかし四郎兵衛がわざわざ名指ししてまで尋ねてきたのはこの私、だと言うのに。四郎兵衛に声をかけたのは、私ではなく、生意気な後輩であった。
「なんでそんなこと気にすんの」
「生物小屋で子馬が生まれたの知ってますか?」
「知らない。そうなんだ」
「今日その子馬を見てきたんです。すごく、すうっっっごく可愛かったんです」
「ああ。それで、子供ってどう作るんだろうって思った?」
「そうです」
だから、四郎兵衛は、崇拝し信仰し忠節を誓っているこの私に、尋ねているというのに。
何故三之助、お前が答える。何故お前が言葉を交わす。何故お前が、出しゃばるのだ。お前は昔からそうだ、私を上手い具合に苛立たせるのが得意だ。けして褒めてはいないぞ。
件の子馬は金吾も知っていたのか、"僕も見てきました!"と会話に入り、四郎兵衛とその愛らしさについて語っている。
金吾と四郎兵衛、二人で子馬について語り合い、盛り上がり、いつの間にか三之助はその輪から外れてしまった。
ふん。元々、私と四郎兵衛の間に、しゃしゃり出たお前が悪い。元からお呼ばれではないお前が爪弾きにされるのは当然なのだよ。
まあ、三之助にその気はなくとも、私とて自分で聞きだすことは容易ではあったものの、四郎兵衛が子の作り方に疑問を覚えた経緯を知れたことだけは、感謝してやってもいい。
だから私はあぶれてしまった三之助にはあえて触れず、むしろ広大な心で迎え入れた。何か声をかけるわけではないが、無言の包容力、といったものだ。
「…………滝夜叉丸先輩」
「なんだ、三之助。寂しいのか」
「え、なにがですか?それより、何でですか」
「なにがだ」
「なんで子供の作り方、教えてやらないんですか」
「…………」
「もしかして、どう答えようか悩んでるんすか」
…………いい。もう、いい。認めるのも男というものだ。ああ、認めよう。
私が先ほどからいつも以上にこの頭脳が回りすぎて、思考が多少明後日に飛んでしまっていることも。
そのくせいつもは饒舌に楽しく愉快でそして為になる話をする口の方は、ぴたりと止まってしまっていることも。
そのどれもの理由が、今三之助が言ったもので正解だ。ふん、内心人を先輩を敬わず、それどころか舐めたところもある奴だが、三年も直々に委員会で私の下についているだけはある。
そうだ。三之助の言うとおりだ。私は悩んでいた。とても悩んでいた。
その証拠に、先ほどから私は口どころか、体の方もぴくりとも動いていない。腕組をして、仁王立ちしたままだ。
いつものように輪子と戯れているときではなくて良かった。もしもそのときに、四郎兵衛から質問をされていたのなら、私は今でも輪子を回し続けきっと彼女は彼方に飛んでいってしまうだろうから。
この平滝夜叉丸がここまで悩むのは、とても珍しいことだ。先輩を困らせるなど褒められたことではないが、四郎兵衛はほんの少しだけ称えてやってもいい。
しかし、これは。私であっても、悩むだろう。悩むべきことだろう。なんならば、傍若無人、暴君苛烈、いけどん精神の持ち主である我らが七松先輩でも悩むのではと思う難題だ。
否、どうだろうか。七松先輩は悩まないだろうか。悩むことなく、そのまま直球にお答えされるのだろうか。いいや、けれど七松先輩は下級生をいい意味で子供扱いしている面が強いから、或いは。
今この場にいない七松先輩に思いを馳せても致し方ないとは分かっているのに、こうなってしまうのは、やはり私が悩んでいるから、他ない。
下級生に。しかもよりによって、四郎兵衛のような純朴無知のような奴に。子の作り方など聞かれて、どう答えればいいのだ。
「もしかして滝夜叉丸先輩、子供の作り方知らないんすか」
「なっ!知っている!知っているに決まっているだろう!貴様、私を何だと思っている!?」
「じゃあさっさと教えてやればいいのに」
「だから、それを今考えているんだろう!」
「は?考えるってそんなの、答えはひとつでしょ。男と女がせ」
「あああああああああ!!!!!貴様三之助、口を慎め!お前の口からそんなもの聞きたくないわ!!!!!!!」
思わず、体が動いた。三之助の口を、両手で塞いでやった。この、どうせろくでもない且つはしたないことを発しようとしている、汚い口を。
どうしてお前はそうなのだ。何故そう、考えが浅いのだ。浅はかなのだ。そのままの答えでいいのなら、私とてもうとっくにそれを口にしている。
それが出来ないから悩んでいるのではないか。何故それが分からないのだ。何故、その考えに及ばない?お前のその頭は飾りか?
下級生に、まことの答えをそのまま告げるなど。早いとは思わないか?耳に毒だとは思わないか?そもそも三之助、お前も下級生だな?何故知っている。
否しかし、下級生といえど三年生なので、それには目を瞑ってやろう。
それよりもだ。三之助の口を止めたのはいい。しかしすぐに脅威は襲ってくる、先ほどから突き刺さる、四郎兵衛とついでに増えてしまった金吾のきらきらとした視線だ。
子馬談義も、私の先ほどの大声で中断されてしまったらしい。そして私と三之助の会話から、私が二人の疑問の答えを持ち得ていると確信したらしい。
ほら、みたことか。こんな綺麗な輝かしいまばゆい瞳で、子の作り方を尋ねる四郎兵衛と金吾に、お前はまだ先ほどと同じことを答えられるのか、三之助。
「こども、どうつくるんですか、滝夜叉丸先輩」
「ぼっ、僕も知りたいです!」
「はは……そんなことも知らないのか、お前達は。ふん、いいだろう。成績優秀、文武両道、眉目秀麗のこの平滝夜叉丸が教えてやろう」
一度開いてしまえば、先ほどまでまわらなかった口が回る。これは癖と言っていいのか、悪癖と今だけは苦く思うべきなのか。
誰か私の口も塞いでほしいものだが、そんなことをしてくれる人はいない。
嗚呼、七松先輩。これは本来、あなたの役目ではないのでしょうか。だってあなたは最高学年、体育委員会委員長なのだから。
いくら私が成績優秀、文武両道、眉目秀麗といっても。さすがに六年生のあなたが抱えるべきであっただろう難題、私には少しばかり荷が重過ぎます。
「いいか、よく聞け。そして他言無用だ。そうむやみやたらに言いふらすものではないからな」
「はい」
「はい!」
「子とはな…………」
どうしたものか。どうしたものか。ここまで言いかけて、その答えが未だ自分の中でまとまっていないのだから、どうしようもない。
子。子。子とはなんだ。子の作り方とはなんだ。知るかそんなもの。否、知ってはいるのだが。
男と女が行うものだ。一般、夫婦だったり、愛し合っている者同士で行われることが多いか。
そう、そこまで思考が辿りついた瞬間。私の脳裏には、とある女子の姿が思い浮かんだ。そして次の瞬きには、それまでが嘘のようにするりと言葉が滑り落ちる。
「心から愛する者と出会えばおのずとできるものだ」
先ほど私の脳裏に思い浮かんだのは、誰でもない。
私が心から愛する者、私の最愛の恋人、相楽藤香だった。
「それ、次屋笑わなかった?」
四郎兵衛とついでに金吾からの難題を無事やり過ごし、夕飯をとり、各々が自由に眠りまでを過ごす時間。
そのわずかばかりの合間が、私と藤香にとっての貴重な二人の時間であった。二人、と言ってもまことに二人きりではないのが残念なところだ。
私も藤香も、まだ上級生長屋の天井裏は使えないから互いの部屋には行けず、こうやって薄暗くなった運動場の隅の隅で逢瀬を交わす。
遠くには、運動場を使っている他の生徒の気配も感じる。人目につかぬとは言っても、外なのであまり大胆な真似はできない。
けれども、月に見守られたこのひそやかな藤香との逢瀬が、私は愛おしくてたまらなかった。
「笑われはしなかった、が。私を異物のような目で見ていたぞ」
「それはそれで辛い反応ね。質問当事者達の反応は?」
「納得していたな。おおよそ、自分の両親でも思い浮かべたのだろう」
「ふうん。私も、滝夜叉丸のその答えは上手いと思うわよ。全てが全て本当ではないけれど、嘘もない」
今日のこの逢瀬では、私が本日委員会で降りかかった災難を話していた。
普段は委員会での災難といえば、ほとんど、というよりも確実に七松先輩に関連するのだが、今日は違う。今日は、四郎兵衛と金吾だ。
藤香もそれに興味を示したようで、いつものように向かい合って立ち話をする最中、普段よりも食いつきがよかった。最後にはこうやって私の苦労を称えてくれるのだから、藤香は本当に優しいし、愛おしい。
けれどひとつだけ、いただけなかった。藤香の労わりの言葉のなかに、異議を覚えた。だから私はそれを、口にする。真正面から藤香を見据えて。
「嘘は勿論ない。後輩に、私は嘘を教えない。たとえそれが答えづらいことであっても、だ」
「そうね。だから滝夜叉丸、頑張ったわ。お疲れ様」
「私は嘘を吐かない。本当しか言わない。私の、あの言葉には、」
"まことのものしかない"と、そう続けながら、私は長らく持て余していた両手を、ようやく使った。藤香の幼き頃の傷跡が残る、細い手を包んだ。
藤香はわずかばかり、身を竦ませた。だけどその表情、瞳から、勝気の色は消えない。
元々、そういった容姿の持ち主ではあるが。私には分かる。私だから分かる。今のこれは、作っているものであることを。
「それを本気で言っているのなら、笑われるわよ」
「何故?私は笑われるようなことを言っているだろうか」
「……笑われる、は少し違うかもしれないわ。ごめんなさい。そうね、だけど……」
「…………」
「世間知らず。人はあなたを、そう呼ぶんじゃないかしら」
"世間知らず"の、その物言いに、形容に、いくら藤香と言えどまるで腹が立たないのかと問われれば、答えは否だ。
けれど、その怒りは飲み込んだ。奥に沈めた。藤香の言い分にも、理解できるところがあったからだ。
藤香は、戦孤児だ。幼き頃に、戦で両親、きょうだい、家、村、何もかもを失った。
それに対して私は今も両親、家、生まれ育った村、さらに言ってしまえば実家の地位も資産も、全てが在る。
だから、藤香にとって私の言葉は。今、この場に限らず、私が藤香に向けて放つ言葉は、その多くが"世間知らず"なのだろう。
心から愛する者と出会えば、子はおのずとできる。
嘘ではない。子作りとは本来、愛し合う者、夫婦で行われることだ。
だけど、本当でもない。愛し合っていない者でも、夫婦でなくとも、その行為はできる。
父親となる者、母親となる者、両者が望まなくても、片方が望まなくとも、母となる者の腹に子は宿ることがある。
それを藤香は知っている。そのけして美しいとは呼べない現実を、藤香はよく知っている。
それは幼き頃の彼女が、この世の果てとも呼べるだろう醜いところを見て生きてきたからであり。
今の彼女が、己の身体を使い戦う、くのいちを目指しているからなのだろう。
私がいるのに。この平滝夜叉丸がいるのに。この私を愛し、この私に愛されながら、彼女はけして、手を握り返さない。今だって、そうだ。
「世間一般、だとか。ましてや他人のことなど、どうでもいい」
「……なにが?」
「私だ。私の話をしている。私と、お前の話だよ、藤香」
振り払われはしないものの、握り返してはくれない藤香の手。それが愛おしくも憎らしい。いっそ、折ってしまいたいほどに。
邪な考えが脳裏によぎってしまったので、一度その手を離した。けれどどうにも寂しいので、その手、その腕で次は藤香自身を抱く。
手と同じく、細い肩だった。細い背中だった。細い腰だった。だけどこの細い身体に、藤香は私よりもずっと、世間を知っている。
しかし、この細い身体の中に、私と生きていく決意はないのかと思うと――――抱き潰してしまいたくなる。今は、しないけれど。
「私とお前の、子の話だよ。藤香」
辺りは暗く、運動場の隅の隅とはいえ、他にも運動場を使っている生徒はいる。
だから私達は、普段のこの逢瀬では会話を交わす程度で、せいぜい手を繋ぐに留める。こうやって抱擁することなど滅多にない。
しかし、滅多にないそれを、忍術学園という性質上けして推奨されないだろうこの行為を、藤香が咎めもせず受け入れているのは。
藤香のその細腕が、私に返されることはなくとも、私からの抱擁を拒絶せず、大人しく抱かれてくれていることは、彼女にも何か思うところがあるからだろうか。
そうであると、願いたい。藤香はまだ迷っているのだと、思いたい。くのいちとして生きていくこと、私との離別の道、そのすべてを、どうか。
迷いの隙間に、私は入り込んでみせるから。だからどうか、今は、今しばらくずっと、迷っていておくれ。
「ばかね」
腕も回さぬ藤香が私に返してくれたのは、この言葉だけだった。
馬鹿なものか。何が馬鹿だというのだ。この私だよ、藤香。この、平滝夜叉丸だ。
心から愛する者と出会えば、子はおのずとできる。
私の心から愛する者はお前だ、お前の心から愛する者も、私。それならば私達の間に子ができることは必然だ。
本当にそれだけで子ができてしまえる、御伽のような世であったならいいのに。そうすればお前の腹には私達の子が宿り、お前は私から離れることなどできないのに。