「左近先輩、子供ってどうつくるんですか?」
「ごっ…………」

今年入ったばかりの新一年生の後輩にそんなことを尋ねられて、思わず変な声が出てしまった僕を一体誰が責められるだろうか。
いいや、誰も責められやしない。責めさせやしないさ。僕たちから少し離れた場所で、大量の薬草を仕分けしている、伏木蔵。お前今一瞬、鼻で笑っただろ。見逃さなかったぞ。
そんな不躾な態度をとるひとつしたの後輩はあとで叱ってやるとして、僕はすっかり止まってしまっていた薬草を煎じていた手。
それを再度動かそうとしたけど、悲しいかなわずかに震えて使い物になりそうにならなかったので、僕はとりあえずそれで口元を覆ってひとつ咳ばらいをした。
その咳払いが妙に嘘っぽく、甲高い音になってしまったものだから、また伏木蔵が鼻で笑う気配がした。お前、絶対に許さないからな。

「こほん…………あー、今日は少し、空気が乾燥してるな」
「そ、そうですね?」
「花粉も飛んでるみたいだしな」
「そう、ですね?」
「……………………」
「………………」

ずるいことは重々承知だが、僕は先ほどの後輩からの質問を聞き流すことにした。
だからあまりにも不自然で適当な話題をひとつ、ふたつと振って、それ以上僕は言葉を噤む。
それは後輩も同じで、気まずそうな表情を隠し切れずに黙って僕を見つめている。
その様子に、可哀想に思う気持ちがないわけではない。申し訳なく思う気持ちが、ないはずがない。
この後輩は入学したてのぴかぴかの一年生。そして僕は今では最高学年の六年生で、保健委員長。
一年生が六年生に声をかけるのは、なかなかに緊張することだ。少なくとも、僕はそんな覚えがある。
同じ保健委員ということで他の六年のやつらよりは、僕とこの後輩が親しいのは歴然だ。
だからといって気軽にぽんぽん会話ができるほど、まだ花粉の気配が残るこの季節。そこまで親しくなれていはいないのだ。
多少なりとも勇気をもって僕に声をかけただろうに、当の本人の僕がこの態度だ。可哀想に、とどこか他人事のように思う。

いくつか弁明させてもらうと、僕はけしてこの後輩含め、後輩たちが嫌いなわけではない。
むしろ僕なりに可愛がっているつもりだ。……かつて一学年下の後輩たちをいじめていたの話は、今は置いておくとして。
保健委員会の後輩たちも、僕を慕ってくれているように思う。
今のように、何か質問をしてもらえるくらいには、頼りにされているのだと思う。
少なくとも、我関与せずと軽い鼻歌交じりに薬草を仕分けている、鶴町伏木蔵。こいつよりはずっと。
だって、そうだろう。今この医務室には、僕と伏木蔵と一年生の後輩の三人きり。
そんななかで、後輩は僕を選んだ。質問すべき対象、頼るべき相手として、伏木蔵ではなく僕を選んだ。
その事実だけは、ふふんと僕のなかのちっぽけな自尊心を満たす。……みみっちい人間だとは、自覚している。
しかし伏木蔵は後輩を無下にはせずとも積極的に後輩と関わるタイプではないし、そんなやつと張り合っても仕方ないだろうと思う自分がいるのも確かだ。
むしろ僕が張り合うべきは、今はここにいない僕のひとつ下の保健委員。ここにいる三人以外の保健委員を連れまとめ、裏山に薬草を採りに行っている猪名寺乱太郎、そいつである。
乱太郎については、後輩からの信頼において五分五分、なんなら負けている自信がある。
だって乱太郎のやつ、底抜けに優しいし、面倒見はいいし、後輩に何言われても面倒くさそうな顔一切見せないし…………

「左近先輩~。子供の作り方、教えてあげないんですか?…………僕も知りたいなあ」

なんて、つらつら乱太郎への対抗意識を脳内で燃やしていたら、突如がつんと頭を殴られるような衝撃。
僕が意図的に避け、なんなら後輩からの信頼を犠牲にしてでも逃げようとした話題を、再度放り込まれたからだ。
後輩が再び聞いてきたわけではない。じゃあ誰だって、そんなのひとりしかいない。今この部屋には三人しかいないのだから。
ぐるんと首がとれる勢いでそいつに顔を向けると、にやりとそれはそれはもう人の悪い笑みを浮かべた伏木蔵がひとり。
さっきの鼻で笑った件といい、絶対に、絶対に許さないからな!何が"僕も知りたい"だ、知ってるくせに!知ってるからその態度なんだろ!

…………少し話が戻るが、僕はけしてこの新入生の後輩含め、後輩たちが嫌いなわけではない。
だけどそれならばなぜ、後輩からの質問をかわそうとしたか?
委員会活動に関する質問だったのならば、僕は必ず答えただろう。
委員会に関係なくとも、授業や勉強に関する質問だったのならば、それだって僕は必ず答えただろう。
今の質問は、そうじゃなかったからだ。だって、そうだろう。子供の作り方なんて、僕が先輩として素直に教えてやれる範疇を越えている!
無理やり鎮火させたはずの火種を再度燃やされて、その犯人である伏木蔵を責め立ててやりたい気持ちはそれはもうたっぷりだ。
だけど今はそれよりも先に、ふたたび好奇心の色を瞳に宿してしまったもう一人の後輩への対応が先だと判断する。
さすがにこの場に置いて、もう一度あからさまに逃げの姿勢を見せるのは無理だし恰好が悪すぎると悟った僕の英断であった。

「子供、の、作り方……………………なんで、知りたい?」
「生物委員会の狼に、子供が生まれたの知ってますか?」
「いや…………知らない。そうか。そうなのか」
「生物委員の友達に見せてもらったんですけど、可愛いなあって思ったの同時に、この子はどうやって生まれたんだろうって不思議だったんです」

断言しよう。この後輩は、きっといい保健委員になる。
こうやって生物のからだの仕組み、生物のからだの不思議。そういうものに自発的に興味を持つのは、保健委員としてかなりの適性があると言えるだろう。
なんてぼんやり後輩の将来を見据えていたところ、また例の鼻で笑う音。誰だと睨むまでもない。
どうせ伏木蔵が、僕の片言な喋り方に笑ったのだろう。本当の本当に、失礼な奴だ。絶対に許さない。

「左近先輩は、子供のつくりかた知ってますか?」
「しっ……………………って、る」
「本当ですか?どうやって子供ってできるんですか?」
「…………………………」

ここで"知らない"と答えた方が、楽だったのは重々承知だ。
だけど"知っている"と馬鹿正直に答えてしまったのは、僕のちっぽけな先輩としての自尊心と、融通の利かなさだ。
あっけらかんと"僕も知りたいなあ"なんて堂々と嘘を言ってのける伏木蔵の胆力と狡猾さを、今初めて羨ましく思う。
だけど、そんなの僕じゃないだろう。陰険で狡猾で皮肉なのは、伏木蔵の十八番。
僕は僕なりに、僕として後輩に応えてやればいいのだ。

「…………………………………………コウノトリが運んでくる」

めいっぱい溜めて、脳と知識を総動員させて、ようやく出てきた僕なりの答え。
入学したてのぴかぴかの一年生への答えとしては、まあぎりぎり及第点であると言えるだろう。
むしろ馬鹿正直に答える方が、悪影響というやつだ。だから僕は僕なりに、今出来うる限りの正解を出せたと確信している。
ついには思い切り噴き出してしまった伏木蔵の笑い声と、"ただいま戻りました~"と乱太郎が医務室の扉を開けるのはほぼ同時だった。


「ふふ。あはは。コウノトリかあ」

まったく同じことで笑われているというのに、伏木蔵のときほど怒りを感じないのは、惚れた弱みというやつだろうか。
件の質問、後輩への返答。"コウノトリ"について僕の隣でくすくす笑っているのは、僕の恋人・城戸吉乃だ。
彼女の手には、食べかけの串団子。今日は休日。それだけで、僕たちが今街で逢引しているのは明白だろう。
吉乃は団子、僕は心太を頬張りながら、話題のひとつとして先日のいわゆる"コウノトリ事件"のことを彼女に話していたのだ。
結果、こうして笑われてしまったわけだが。多少の怒り、恥ずかしさはあるが、彼女が軽やかに笑ってくれたこと、僕が笑わせてやれたという事実の方が、嬉しかった。
…………改めて、やはり惚れた弱みだと思う。胸に湧いたむずがゆさを誤魔化すように、やや多めに心太を口に放り込む。

「わたし達のところにもいつか来るといいねえ、コウノトリ」
「んごっふうっ………………!」

そんなタイミングで、そんな爆弾発言を、隣の彼女からもらってしまったものだから。
僕は思い切りむせた。心太が変なところに入った。しばらく咳が止まらなくて、そんな僕の背中を慌てた気配の彼女がぽかぽかとやや強めに叩く。
その甲斐もあってどうにか咳が治まるが、ぜえはあと呼吸が落ち着かない。
きっと色んな意味で真っ赤になってしまった顔で、肩で息をしながら、彼女を睨む。これはさすがに、惚れた弱みとか言っていられない。

「な、な、な」
「大丈夫?落ち着いた?」
「なに、なにを」
「お茶飲む?」

差し出されたお茶を素直に受け取ってしまったのは、まだ喉に違和感が残っていたからだ。
ごくごくとそれを飲み干し、湯呑の底が見えてきた頃には、詰まっていたものがするりと胃に落ちていく感覚があった。
ようやく、大丈夫だろう。口元を覆って何度か咳払い。後輩からの質問をかわすときとは違い、本気の咳払い。
それからふうとひとつ溜息をつけば、まだ心音は多少早いが随分と落ち着きを取り戻せていた。
そんな僕の一部始終を見つめていた視線に、そっと応える。たいそう心配そうな表情で僕を見つめる吉乃が、そこにはいた。
お前が原因のくせに、と思わなくもないが。その表情に、ぐっと胸にくるものがあるのも確かなのだから、やはり惚れた弱みとは厄介だ。

「大丈夫?心太って、たまに変なところに入るよね」
「そう、だな」
「気を付けてね」
「そうだな」

この様子から察するに、僕が思い切りむせた原因が自分にあると、彼女は全く思っていないらしい。
先ほどの発言が、どれほど僕の心をかき乱したが、まったくわかっていないらしい。
そうなると、僕が悪いような気もしてくる。僕が無駄に深読みをしてしまったのかと、情けない気分になってくるというものだ。
だけど、本当にそうだろうか?本当に僕が悪いだろうか?僕は間違っていただろうか?いいや、そんなはずないと思う。

コウノトリが、僕たちのところにもくればいいと吉乃は言った。
それはつまり、僕たちの間に、子供ができればいいと言ったも同然だ。
恋人にそう言われて、動揺しない男がいるだろうか。いないと思う。だからやはり僕は自分は悪くないと、改めて思い直す。
お前のせいだ、という抗議をこめて、一本余っていた吉乃の団子をとって口に含んだ。
"あっ!"と吉乃は声をあげ、ぱしぱしと軽く肩を叩かれたが知ったことじゃない。

彼女に悪気がないことは、知ってる。ただ何気なく、深い意味はなく口にしただけだと、わかっている。
吉乃がそういうやつだなんて、長年付き合ってきている僕が、一番わかっている。
わかってはいるのだけど、じゃあそれでこの件をうだうだ考えるのは終わりだ、とすっぱりいかないのが年頃の男心というやつだ。

僕が先ほど、彼女の言葉にものすごく驚いてしまったのは、何も身に覚えがあるからではない。
むしろその逆だ。コウノトリが訪れるようなことを、僕たちはまだしていなかった。
だけど、だからこそ、僕だって考えているのだ。そのときは、いつにしようかと。
僕と吉乃は、なんと一年生の頃から付き合っている。なので今年で五年目、交際期間は充分だと思っている。
しかしまだ六年生になったばかりだ。そもそも学生の間にそういうことをしていいのだろうか。やはりきちんを責任をとれる身になってからのほうがいいんじゃないか。
そうやって、日々悶々と過ごしている僕のことを、隣で少し拗ねながら残りの団子を頬張る吉乃はきっと知らないだろう。

――――なあ、知らないんだろ吉乃。
さっきのお前の言葉、すごく驚いたけど。何言ってるんだって、本当に驚いたけど。
それ以外にも僕が色々考えてしまっていることなんて、知らないんだろ。
たとえば、そんなことを言うってことは、お前はある程度覚悟ができているのかな、とか。
たとえば、そんなことを言うってことは、お前は僕との子供がほしいのかな、とか。
たとえば、それなら吉乃は僕との先の未来を考えてくれているのかな、とか。
そのどれもが、こうやって想像するだけで、どんなに僕が嬉しいか。吉乃はどれも知らないんだろ。
僕だって。僕だって、いつか相応しいときにコウノトリが訪れることを、きっとお前より願っている。

「……………………じゃあ、今度、近いうち」

なんだろう、と僕を見つめる吉乃から、団子を奪われたことへの怒りはまだ完全に消えていない。
その子供っぽさに、思わず笑ってしまいそうになる。だけど僕は笑えなかった。
知っているからだ。僕も彼女も、もう子供ではないことを。大人になる日は、そう遠くないことを。

「………………コウノトリ、呼びに行こうか」

少し鈍いところのある彼女には、伝わらないかなとも思ったが、そんなことはなかったようで。
みるみる顔を真っ赤にして、しゅんと俯いてしまった吉乃に、僕はようやく顔に笑みを浮かべることができた。
ここでさらに追い打ちをかけて、口づけのひとつでも送ってやれたら完璧だろうが、そこまでの余裕は僕にもなかった。
握りしめた団子の細い串が、僕の握力のせいで曲がり始めている。
勢い余って折ってしまって団子を台無しにしてしまう前に、残りのふたつをまとめて頬張る。もう、その味はまるで分からなかった。