「黒木先輩、こどもってどうやってつくるんですか!」

僕に聞くのか。それが、後輩からの質問に対する率直な感想だった。
ちなみに弁明すると、何も質問されたことが面倒なわけではない。本当にただただ素直にそう思ったのだ。
ここは学園長先生の庵。僕たちは学級委員長委員会を開くため、学園長先生がやってくるのを今か今かと待っている。
今年入った、新一年生。いろは三組分の新入り級長三人と、僕と、彦四郎の五人で。
そう。ここには彦四郎もいるのだ。彦四郎もいるのに、いるからこそ、"僕に聞くのか"と、僕はそう思ったのだ。
別に後輩たちから嫌われているとは思わない。僕なりに先輩として親身に接しているつもりではある。それに応えて、後輩たちが僕をそれなりに慕ってくれている自負もある。
だけどそれは彦四郎だって同じだ。そして僕は、自分と彦四郎ならば彦四郎の方が親しみやすいし、声をかけやすいと考えている。
それを彦四郎は"威厳がないってこと?"、"つまりは頼りないんだね……"と受け取ってしまうだろうから、彼に伝えることはしないけれど。

「子供の作り方?どうしてそんなことを知りたいんだい」

ちらちらと彦四郎から心配の色の滲んだ視線を受けながら、僕は綺麗に並んで座る後輩たち。その左端、一年は組の学級委員長へと声をかける。
先ほど僕に質問をしてきたのは、誰でもない彼だからだ。けれど他の二人の後輩もぴしっと背を正して僕のことを見ているので、おそらく代表しては組の彼が質問したのだろうと悟る。
と、いうことは。後輩三人、一年生三人、揃って"こどものつくりかた"を疑問に思っているわけだ。
いったい何がどうしてそうなったのか、まったくもってわからない。
僕自身は一年生の頃、そんなこと疑問に思わなかったような気がするし、少なくとも先輩方に質問することはなかった。
僕には十離れた弟がいるけれど、生まれた当初は"弟が生まれた、嬉しい"、"母ちゃんが頑張って産んだ"、とひたすら感動するだけで、その経緯を気にすることはなかった。
それは僕に探求心が足りないのだろうか。だけど今となっては子供の作り方なるものをきちんと知っているので、さほど問題はないと思いたい。

「生物委員会で飼っている狼に、こどもが生まれたんですよ」
「…………ああ、なるほど」
「そ、それだけでわかっちゃうんだ?」

納得の色を示した僕の言葉に、思わずといった様子で相槌を打ってきたのは勿論彦四郎だ。
そんな彼に"うん、わかるよ"と返せば、"さすが庄左ヱ門……"との言葉をいただいたが、別に褒められることでもないと思う。
僕はどうして子供の作り方を知りたいのかと尋ねた。それに後輩は、狼の子供が生まれたからと答えた。
それだけで、推察するには充分だろう。子狼が生まれた。身近で生命の誕生があった。その神秘に、疑問を覚えた。どうやってあの子狼は生まれ、つくられたのだろうと。
なるほど。後輩たちが子供の作り方に興味を覚えた理由はわかった。じゃあ次は僕の番だ。後輩は僕の質問に答えてくれたのだから、そもそもの質問に答える、僕の番。

「子供のほしい男女がね、一緒に花畑にいくんだよ」
「ん"っ…………」
「そこでふたり仲良く過ごすとね、いつの間にかこどもができているんだ。お母さんのお腹のなかにね」
「ん"…………ぐっ…………ふう…………」

どうにか頑張って耐えてくれてはいるが、漏れてしまっている彦四郎の謎の鳴き声。
それが笑い声なのか、うめき声なのかはわからないが、とりあえず邪魔なのは間違いないので、軽く彦四郎の背を肘でつつく。
君がそんな反応したら、嘘だと思われるだろう。何事もなかったかのように、むしろ頷いて同意してくれよ。
しかし彦四郎は僕の期待虚しく、ぶるぶる肩を震わせながら俯いてしまった。とりあえず鳴き声がとまったので良しとする。

「じゃああの子狼のおとうさんとおかあさんは、花畑に行ったんですか?」
「そうだね。多分、裏々々々々山あたりまで行ったんじゃないかな。そこに綺麗な花畑があるんだ」
「えーっ!?裏山ってそんなにあるんですか!?」
「うん。裏々々々々山は上級生が実習などで使う山だね」

裏々々々々山が実在するのは本当。裏々々々々山は主に上級生の実習用に使われる山であることも本当。
だけど例の子狼の親は、二匹そろって裏々々々々山には行っていないだろう。だから、それは嘘だ。
そもそも、僕は後輩たちに正しい子供の作り方なんて教えていない。花畑云々は、全部嘘っぱちだ。
せっかく頼りにしてくれた後輩たちになんてことを、と思わなくもないが、だからと言って馬鹿正直に答えればいいというものでもない。
僕は基本的に嘘は嫌いだけれど、時には必要な嘘もあるのだと、既に知って久しい。

「上級生になったら、君たちも行けるよ」

その頃にはきっと、後輩たちも正しい"子供の作り方"を理解していることだろう。
花畑云々と適当なことを答えた先輩がいたなあと、今まさにこの瞬間を思い出話にすることが、彼らの間であるのかもしれない。
それはなかなかに面白く可笑しく、光栄なことだと、僕はつい笑みをこぼしてしまった。
けれどそれとほぼ同時に障子が開き、誰でもない学園長先生が入ってきたので、僕はすぐさま表情を正したのだけど。


「庄ちゃん、いらっしゃい」

天井裏の板を外し、その部屋に降り立つと、ゆったりとした口調で僕を出迎える女の子がひとり。
誰だ、なんて問うのは野暮だ。彼女はこの部屋の主で、僕の方が突然お邪魔している立場なのだから。
如月小夜。僕の二つ下の幼馴染で、行儀見習いのくのたまだ。
四年生に進級する際、人数の関係で彼女はひとり部屋を割り当てられた。
僕としては、幼いころから大事に大事にしている彼女がひとり部屋というのは心配である。
どこかの部屋に混ぜてもらって、乱太郎たちのように三人部屋になってもらったほうが安心だ。
けれどこうやって気軽に訪れることができるのは、悪くない。それに学園内で、そうそう危ないことなんて起きないだろう。
だから僕は小夜にひとり部屋を使っていることについて何か進言はせずにいた。
もしも僕がひとり部屋をやめるように言ったのなら、小夜はすぐに先生方に相談するだろう。
そういう子だ。小夜は僕に懐いている。僕を絶対的に信じている。そういう子に、僕がした。昔から一緒に過ごして。望みどおりの、僕の女の子。

当然のように小夜の隣に座り、その細い肩を掴んで僕の方へと抱き寄せた。
わずかに頬を桃色に染めながらも、されるがままの小夜。むしろとん、と僕の胸に頭を預けてくる。
その額に、軽く口づけを落とした。くすぐったいのか、わずかに身をよじる小夜。反射的に身を退こうとしたようだけれど、僕の腕がそれを許さなかった。
このように、僕たちはとても仲睦まじい幼馴染だ。僕は昔から、小夜のことが好きだった。いまや愛していると言って、さしつかえないだろう。
小夜も昔はただの"おにいちゃん"として僕を慕ってくれていたようだけど、この頃は僕のことをようやく異性として意識しはじめている。
それがとても嬉しい。それがとても愛おしい。だけど同時に、渇くような焦燥感。
きっと僕は、このお遊びのような口付けだけでは物足りないのだろう。もっと、もっと先に行きたい、早く手に入れてしまえと、本能が急かしている。

「…………小夜」

耳元で彼女の名を呼ぶ。その際、ほんの少しだけ柔らかい耳たぶを、唇で食んだ。
腕のなかの小夜が大きく揺れる。顔を上げて、僕を見つめる。その顔は、驚きと困惑に満ちていた。
けれど相変わらずその頬は、薄暗い夜のなかでもわかるほど、桃色に染まっている。
嫌がっていない。嫌がってはいない。嫌がるはずがないのだ。小夜が、僕のことを。なによりも大事にしてきた小夜が、僕のことを。可愛い小夜。

「花畑に行こうか」

僕のその言葉に、小夜はきょとんと目を丸くした。
だけどすぐに微笑む。そしてこくんと小さく、だけど確かに頷いた。
その意味も知らないで。その本当の意味も知らないで。そんな無垢で、僕のことを微塵も疑いもしない小夜が、僕は大好きだった。

僕と小夜は幼馴染だ。昔から仲良くしていた、男女の幼馴染。
おそらく僕の両親も、小夜のご両親も、将来僕たちが結ばれることを望んでくれているのだと思う。
だからたとえ、僕たちが今から花畑に行っても、誰にも咎められることはない。
花畑でふたり仲良く過ごして、その結果小夜が孕んだとしても、そう大きな問題にはならないだろう。
そう。僕たちを阻むものはなにもない。小夜ももう、十三を数える。小夜もいい年頃になった。唯一の懸念事項であったそれすら、もう無いのだ。

「ふふ、次のお休み?」
「…………はは。小夜がいいなら、今からでも」

まだいささか早いと、制止する冷静な僕もいる。
今日のところは勘弁して、小夜の言う通り、次の休日に近くの花畑に行くのもいいだろうと思う自分もいる。
おそかれ早かれ小夜は僕のものになるのだから。昔から、そう決まっているのだから。
だから焦る必要はない。本物の花畑、ほんとうの花に囲まれた小夜も、それはそれで久しぶりに見てみたい気がした。
きっと何よりも愛らしい。きっとなによりもうつくしい。
だけどそう遠くないうちに、僕はこの手で小夜をどんな花よりも美しく咲かせるのだ。
それだけは紛れもない事実。僕たちが出会った時から決まっていた、絶対的な未来なのだから。