※以前書いたきり丸の卒業後の設定とかなり異なっています。ヒロインの設定等は同じです。
わたしは摂津のきり丸とあらゆることが"おんなじ"でした。
孤児となった経緯は戦。戦孤児になったのは九歳のとき。かつての家族構成は両親と兄。孤児になってから一番苦労したのは飢えを凌ぐこと。
忍術学園の話を知ったのは風の噂。入学しようと思ったのは入学金さえ払えば誰でも入れるそうだから。忍者を目指そうと思った理由は稼ぎが良いと知ったから。
放課後や休日は学費を稼ぐためいつだってアルバイト。座学はどちらかというと得意ではなくて、諜報をはじめとする実戦の方が成績優秀。
長期休暇の際は、下級生の頃は学園の先生のお世話に、上級生になってからは住み込みの仕事やふたりで長屋を借りて暮らしていました。
そのように、わたしときり丸はあらゆることがおんなじでした。
わたしはひどくそれに安堵していました。きり丸とおんなじであることに、異常なまでに固執していました。
あまりにもわたしと一緒で、あまりにもわたしの生い立ち、境遇、悲しみ、すべてを分かってくれるきり丸は、何にも代え難いものだったのです。
わたしは銭が大事でした。生きていくためには銭がなければ始まらないのだから、銭が一番大事だと、わざわざ公言していました。
けれど本当は、きり丸も大事でした。本当は、きり丸の方がずっとずっと大事でした。
そうやって銭が一番大事だとわざわざ声に出していないと、きり丸に依存しきって、二度とひとりでは生きていけなくなるような気がしてしまうほど、きり丸が大好きでした。
嬉しいことに、きり丸もこの気持ちはおんなじでした。それを知った月の弱いあの夜、わたしはどれだけ、本当にどれだけ、嬉しかったことか。
わたしは摂津のきり丸とあらゆることが"おんなじ"でした。
けれどやはり、すべてが"おんなじ"ではありませんでした。
わたしは女で、きり丸は男でした。その時点で、ある程度の違いが出てしまうのは必然のこと。
背はきり丸の方が高い。力もきり丸の方が強い。だから力仕事だって、きり丸の方が得意。体術だって、きり丸の方が強い。
わたしは結局、六年を通してもあまり上手な友人関係を築くことはできなかったけれど、きり丸は十人の級友と、とても強い絆がありました。
わたしだってシナ先生には懐いていたけれど、きり丸はもっとずっと、深く深く、山田先生、それに土井先生を慕っていました。
きり丸と"おんなじ"であることに執着していたわたしは、それをとても寂しく思っていました。
だけど、思えば、寂しさと同じくらい、愛しく思っていたのかもしれません。それは、きり丸と気持ちが通じた今だからこそ、思えるのかもしれませんが。
わたしを見下ろすきり丸の視線、力の強さ、その頼もしさに、わたしは確かに女としてのときめきを覚えていました。
大事な友達、大事な先生。きり丸にとって大切な人がたくさんいるということは、この荒んだ世のなかでどれだけ尊いことか。
わたしは摂津のきり丸と"おんなじ"であることが、とても嬉しかったです。
わたしは摂津のきり丸と違う面があるところが、寂しくも愛おしかったです。
わたしは摂津のきり丸という人間を、心から欲して、共に生きていきたいと、強く願っています。
それにきり丸は、頷いてくれました。きり丸もわたしを求めてくれました。
忍は危険な道だから、それならば貧乏暮らしでもいいから、どこか田舎で畑を耕して、ふたりでひっそり生きていこうと、先の話をしました。
わたしは幸せでした。十五年、生きてきたなかで一番と言っても過言ではないほど、幸せに満ちて、そして浮かれていました。
忘れていたことが、ひとつありました。本当は、ずっと覚えていたけれど、この幸せの前に、あえて見ないふりをしていたことが。
きり丸と生きていくためには、それに向き合わなければいけないと思いました。
それに真正面から向き合うにはどうすべきか、何が最善が、わたしなりにずっと考えました。
そして、正しいものではないかもしれない、間違っているのかもしれないけれど、わたしなりの結論が出ました。
わたしは摂津のきり丸とあらゆることが"おんなじ"でした。
だけどひとつだけ、大きな違いがありました。男と女という以上に、大きくて深い溝がありました。
わたしはそれをずっときり丸に黙っていました。大切なきり丸にずっと嘘を吐いていました。
だからわたしは、今からでもそれをきり丸に伝えなければなりません。手遅れになる前に、間に合わなくなる前に。今からなら、まだ、大丈夫だから。
「きり丸、話があるの」
男女が重なり合い、まさに口付けを交わそうとした、その瞬間。
その機を狙っていたかのように、凛が口を開いた。結果、凛ときり丸の唇は触れ合わなかった。
間の悪すぎる、凛の空気の読めない行動に、きり丸は隠しもせず不満を表情に浮かべる。
普段はきり丸が使う男の三人部屋に、この夜には男女がふたりきり。
ふたりそろって布団に沈み、今からまさに睦み合おうとした瞬間にお預けを食らったようなものなのだから、当然であるとも言える。
「終わってからじゃ駄目か?」
「そうね。終わる前がいい」
「だったら、もっと早くに言ってくれよ」
「…………何か、話をする余裕も」
なかったと思うんだけど、と。責めるほどの強さはなくとも、咎めるような色合いを滲ませた凛の視線を真下から受けて、きり丸は口角を引きつらせて笑った。
確かに、凛がこの部屋に訪れてから、ふたりの間にさほど会話はなかった。
会話が弾まない、間柄ではない。そんなはずがない。単なる世間話、ただの談笑、過去の思い出や、これからのふたりの未来。凛ときり丸が話すことなど、幾らでもある。
今日は、久しぶりの夜だったのだ。ふたりが共に過ごす、久しぶりの夜。つまり、きり丸は彼にしては珍しく性急だった。
言外にそれを咎められているようで、余裕のない男だと呆れられているようで、饒舌なきり丸もこれに返す言葉はなかなか見つからない。
「話、していい?」
「これで無理だって言ったら、俺はただの我慢の利かない男になるじゃねえか」
「まあ、十五の男なんてそんなものだとは思うけど」
「…………」
「きり丸は、我慢のできる人だと、わたしは思ってる」
今度は懇願するような、信頼するような、自分への好意を多分に含ませた瞳を向けられて、きり丸はついに身を引いた。
布団の上で胡坐をかき、だけど色々と落ち着かないのか、どこかそわそわと身を揺るがせている。
遅れて起き上がった凛は、そんな様子を見て、思ったよりも酷なことしてしまったかと今更悔いた。
しかし、凛とて退くつもりはない。
きり丸に優しく甘く抱かれてからでは、駄目なのだ。自分はそこまで強くできてはいないから。
そして今から、自分はもっと酷なことを、酷な話をするのだから――――これくらいで、揺らいではいけないのだ。
凛は決意を改め、足をただして正座した。背筋を伸ばし、真っ直ぐにきり丸を見据えた。凛の膝と、きり丸の膝は、触れ合いそうでぎりぎりのところで触れ合わない。
「話って、なんだよ」
「…………」
「なんか、嫌な予感しかしねぇなあ」
「…………そうね」
「うわ……なんだよ。別れ話か?嫌だぜ、俺」
「別れ話、ではない。ただ、」
「………………」
「やっぱり、くのいちになろうと思ってる」
凛の様子は、明らかにおかしかった。ただの世間話の類をする雰囲気ではなかった。きり丸がそれに、気付かないはずもなかった。
自分にとっても、おそらく凛自身にとっても、あまりよくない話をするのだろうと、そんな確信に似た予感しか、きり丸には過ぎらなかった。
"別れ話か"と、言ったのは、苦し紛れ、その場凌ぎだ。その話ではないだろうことも、きり丸には分かっていた。
凛が、自分との別れを望むはずがないと。彼女が、自分を嫌うはずがないと。きり丸にしては珍しいとも言える、自意識過剰にも似た事実が、彼の中にあったからだ。
きり丸も、同じように思っていたから。凛を、同じように想っていたから。だからその実薄暗く、後ろ向きな思考をしがちな彼でも、そう強く信じることができていたのだ。
「それは…………やっぱり、貧乏暮らしが不安?」
「ううん」
「今までの学費がもったいないから?」
「ううん」
「じゃあ、なんで?」
凛のその申し出にきり丸がさほど狼狽せずに会話を続けられたのは、言ってしまえば彼にも思い当たる節があったからだ。
ふたりで共に生きると決めた。忍の道は危険だからと、互いに諦めさせた。ふたりでなら貧乏暮らしでも幸せだろうと、笑った。
それに間違いはない。揺るぎはない。けれど確かな――――どこか後悔に似た、小さな引っかかりは、きり丸のなかにいつだってひそんでいた。
銭がないことの辛さを、きり丸は身を持って痛いほどに知っている。今まで忍者になるために稼いだ学費だって、並大抵の努力で得たものではない。
そのどうあがいても変えられない事実は、どうしてもきり丸に引っかかりを与えてしまった。
そしてその考えは、凛とて同じだろうと。自分と全く同じ境遇を送ってきた彼女だからこそ、同じことを考えたのではと思ったのだが。
そうではないと言う。どれも違うと言う。きり丸は久しぶりに、凛という人間が分からなくなった。じり、と背筋が焦げつくような感覚。
「……探したい人がいるの」
「…………」
「もう、その人は死んじゃってるんだけど。その人の、家族を、大切にしていた人を、探したい」
「………………」
「何処の誰かも分からないの。記憶だって随分と古い。だから、くのいちになって、その人の情報を集めたいの」
客観的に見れば、それは正しい選択だと思えた。九重凛という、戦孤児の十五の少女が選べる限りの道では、おそらく一番の。
何処の誰かも分からない人間を探したいというのならば、確かにくのいちになるには理に適っている。
忍は、情報収集が本分だと言ってもいい。戦いだって時には求められるが、凛はそれよりも、諜報の類を得意としていた。
だからこそ、そんな彼女が人を探したいというのならば、くのいちになった方が手っ取り早い。
少なくともきり丸と、ほそぼそと田舎で貧乏暮らしをするよりも、ずっと、ずっと。
それを、きり丸は分かっていた。彼は座学の方はともかく、頭の回転は早く聡かった。
けれどそのせいで、気付かなくていいところまで気付いてしまうのだ。そして彼の薄暗い部分が、助長する。
凛は忍の道を諦めてふたりでひっそり貧乏暮らしをするよりも、何処の誰とも分からない人間を探す道を選んだのだ、と。
「…………まあ、今からなら、くのいちクラスに戻れば、どうにか間に合うか」
「うん。補習とか、たくさん受けないといけないと思うけど」
「ふーん。じゃあ、俺も間に合うかな。忍者になるの」
「………………」
「どっちがいいだろうな。畑耕して凛の忍務終わるの待ってるのと、凛と一緒に忍務するの」
きり丸も忍者になるの、と。凛はその言葉を口にすることは出来なかった。それはあまりにも身勝手だと、分かっていたからだ。
自分はくのいちになる。くのいちになりたいと、今しがた言ったばかり。それなのにどうして、そんなことを言えるだろうか。
約束を先に違えたのは自分だ。だから、自分には何も言う権利はない。できるなら、きり丸には危険な道を歩んではほしくないと、伝える道理はない。
それよりも、まだ伝えることがあるのだと。凛は一度、強く唇を噛み締めた。
いつの間にか、きり丸の体の揺れはおさまっていた。今揺れているのは、肩を震わせているのは、凛のほうだった。
「………………わたし」
「うん」
「その人を見つけるまで、きり丸とは、会わない」
「…………は?」
「その人を見つけて、わたしにできることを全部して、そしたら、」
「………………」
「また、きり丸に会いたいって思ってる」
「…………………………凛、あのさあ」
「…………うん」
「それ、別れ話とどう違うんだよ」
低い声だった。冷たい声だった。そしてなにより、鋭い瞳だった。
きり丸のそういった部分を知らないわけではなかったが、凛自身に向けられるのは、これが初めてのことだった。
膝の上においた両手を、強く強く握り締める。掌に爪が立ち、ずきずきと痛んだ。
その痛みによってどうにか気を持ち直し、凛はいつの間にか伏せてしまっていた顔をあげる。
相変わらず、きり丸の瞳は鋭い。その表情は冷たい。まとう空気は、壊れてしまいそうに儚い。
どんなに。どんなに、身勝手で、残酷なことを、わたしは。わたしだって、きり丸に同じことを言われたら、きっと。
ごめんなさいと、縋りたくなる気持ちを堪える。怒らないで、悲しまないで、なんて、そうさせている凛が言えるはずもない。
「別れる、わけじゃない。わたしはきり丸が好きだし、また、会いたいって思ってる」
「…………」
「一緒に暮らさないし、きっとしばらく会うこともない。だから、確かに、別れるように、見えるかもしれないけど」
「………………」
「きり丸のことは、ずっと好きだから。わたしは、別れるつもりでは、」
「うるさい」
凛の言葉を遮ったきり丸の声は、そう大きいものではなかった。それ以上に、鈍い音が部屋中に響いた。
きり丸が拳を叩き付けた音だ。布団に落とされたそれは、下の畳にまで響いたのか、ぎしぎしと尾を引いている。
凛は、正直に、それを怖いと思った。だけども、その拳が自分に向けられても、構わないとも思った。
それだけのことを言っている自覚はあった。だから凛はあえて、きり丸に近付いた。彼の拳が、自分に届くように。
きり丸が、自分を殴れるようなひとではないと、知っているくせに。自分の醜さを、凛は改めて知る。
暗い室内。さらには月の影を背負っているきり丸の表情は、凛には鋭さと冷たさしか伝わっていなかった。
だけど彼に近付いたことによって、それだけではなかったのだと、凛はようやく気付く。
きり丸の目尻、白目の部分、鼻の頭、頬骨のあたり。そこが赤らんでいるのだ。まるで泣き出す直前の赤子のようだと、場違いなことを凛は思った。
どうして、なぜ、なんで、と。きり丸は、捲くし立てない。質問攻めにしない。
言葉が上手く出てこない、ところも勿論あるのだろうが。その実、何も言えない、という面が、大きかった。
きり丸は、九重凛という少女をよく知っていた。身体のすみずみから、思考、癖、性格、自分への想いまでを、よく知っていた。
だから、分かっていたのだ。分かってしまっていたのだ。彼は、頭がよく、まわるから。
生半可な気持ちで、自分との約束を違える女ではないと。余程の覚悟の末、自分との未来を捨てたのだと。
だから、どうして、なぜ、なんで、と。捲くし立てても、質問しようとも、意味がない。もう凛の考えは揺るがない。それをきり丸は、知ってしまっていた。
それならば、何も言いたくなかったのだ。口を開けば、どうせろくでもない言葉だけが出てくる。
だったら、こうやって、暴力に逃げて、物に当たるほうが、よっぽど楽だった。
痛いほどの静寂が続く。どれだけそれが続いたかだろうか。
永遠に続いてしまいそうな、いっそのこと永遠になってほしいような、ふたりの沈黙は、きり丸が唐突に終わりを告げた。
ただ、ひとこと。たったふたもじ。だれ、ときり丸は問うた。それが彼の精一杯で、限界で、意地だった。
凛はそのきり丸の問いに、せめてもと丁寧に答える。きっと、自分が彼に与えられる言葉など、もうさほどないだろうからと。
「わたし、ひとを殺したの。学園に入る前のアルバイトで、お客のひとりに毒を盛ってくれって頼まれたの。御代は弾むからって」
「…………」
「わたし、その人を殺したの。…………わたし、その人に、その人の、大切な人に、謝りたい。償いたいの」
「………………」
「そうしないと、きり丸と生きていけない。汚れた手で、きり丸と生きていきたくない」
「……………………」
「償いが終わって、もしもわたしが許されたら、そのときに、きり丸と生きていきたい」
「…………………………」
「そう、思ったの」
どれもが、きり丸にとっては初耳だった。
凛について知らないことなどないと思っていた。凛の表も裏も、綺麗なところも汚いところも全て、知っていると思っていた。
だけどこうして、凛は隠された己の過去を吐露した。それによって、きり丸はついに、涙を零してしまった。
そんな大事なことを隠されていて、悲しい。そんな思いを抱いたまま凛がひとりで生きてきたことが、悲しい。
自分よりもその罪を選んだことが悲しい。自分だけを選んでくれなかったことが悲しい。
だけど何よりも悲しいのは、凛のその危ういほどの潔癖さだ。それはきり丸にとって年甲斐もなく泣いてしまうほど、悲しくて、愛おしかった。
「俺はそんなこと気にしない」
「わたしが気にする」
「なにも一度別れることはないと思う」
「わたしなりのけじめなの」
「俺はずっとひとりで待ってるのか」
「…………また会うのは、友達としてでも、いいよ」
どれもがきり丸にとっては想定内の答えで、それがまた悲しくて愛おしかった。
予想を裏切ってほしかった気持ちもあれば、自分の想像通りの凛が嬉しくもあったからだ。
どうやって生きていけばいいのか。どうやって、凛以外の人間と生きていけばいいのか。
大切な人間は、この学園でたくさんできた。だけどそのなかで、共に生きて共に死にたいと願ったのは、凛だけだったのに。
今更他の人間と生きていけるか。今更他の人間を愛せるか。今更お前と、友達になど、戻れるか。
なんて勝手なことを言う。なんて勝手なことをする。なんて酷なことを、お前は。お前は、お前は、
きり丸は、初めて思った。初めて、凛と同じでなければと思った。凛の気持ちなど理解できなければいいのにと、初めて願った。
彼は想像してみたのだ。自身の立場を、凛に置き換えた。かつて銭に目が眩み間違いを起こし、ひとを殺してしまったのがこの自分で、あったなら。
自分はそ知らぬ顔で凛と生きていけるだろうか。汚れた手を凛に永遠隠していけるだろうか。自分は、自分自身を、それを許せるだろうか。
かつて、自分にもいた大切な家族。今、自分にいる、友、恩師、そして凛。
それを誰かに殺されて、傷つけて、傷付いて、そうしたのが自分であったのなら――――許せるはずがない。
だから分からなければよかった。理解できなければよかった。凛の気持ちなど、察したくなどなかった。
だけどそれによって、今まで何度救われてきただろう。何度、きり丸と凛は、互いが同じであることで、悲しみを拭ったか。
それからはさほど、ふたりの間に会話はなかった。
中断されてしまった蜜事が再開されたからであり、交わす言葉が互いにそれ以上思いつかず、そして口にする必要もないと思ったからだった。
もうどんな言葉も、凛の決意は変えられない。もうどんな言葉も、きり丸の心を癒さない。
それならば、身体をひたすら重ねたほうが、よっぽど有意義だと、互いに思ったのだ。
その翌日から、凛はくのいちクラスに復学した。
きり丸の方も、ここしばらく休んでいた類の実習などに参加するようになった。
ふたりとも補習や特別授業続きで、なかなか顔を合わせる機会はなかった。勿論、夜を過ごすことだって。
だけどたまに訪れるその機会には、言葉よりもずっと、手を、唇を、身体を重ねていた。
そしてそう長くはない月日が流れ、ふたりの卒業の日を迎える。
凛は、城務めは選ばなかった。きり丸も、少なくとも城務めの忍者にはなっていないようだった。それ以上を、凛は詮索しなかった。
凛の方は卒業式を終えたすぐ後に、フリー忍者として初の仕事が控えている。
友への別れの挨拶もほどほどに、寂しさを滲ませた喧騒が残る学園をそっと正門から後にしようとした。
その途中、気配を感じて振り向けば、きり丸がいた。きり丸がじっと、凛を見ていた。笑っていた。寂しそうに。恨みがましそうに。そして、ひどく愛おしそうに。
「お別れじゃないよ。きり丸と一緒に生きるために、行ってくるね」
きり丸は、それに何も返さなかった。言葉は勿論、首を縦にも横にも振ることなく、ただ凛を見つめていた。
それが、生涯最後となる、ふたりの会話となった。
それが、ふたりが共に生きた、最後の瞬間だった。
その瞬間をいつだって共に胸に抱いて、ふたりは最後まで生きていた。